史上最高額で契約をしながらバイクの事故でのケガに薬物使用と問題児となり始めているタティス・ジュニア。まだ23歳と若いだけに球団は教育を行うことも必要だろう
7月16日、サンディエゴにあるペトコ・パークのパドレスのダグアウト前。チーム練習が終わり、選手たちが引き上げてくる。そのとき「おいおい」と思うことがあった。
ダグアウトとフィールドの間には防御用のネットがあって、クッションになる枠も含めそれなりに高さがあるのだが、23歳の
フェルナンド・タティス・ジュニアだけが長い足でひょいとまたいで行ったのだ。オフのバイク事故で手首を痛め、今季まだ1試合も出ていない。確率は低いとはいえ転倒でもしたらどうするのか。ダグアウトの床はとても固い。コーチは注意しないのか……。
あれから1カ月、年寄りの戯言でないことが分かった。8月上旬サンディエゴの街は沸き立っていた。2日のトレードデッドラインにフアン・
ソトとジョシュ・ベルの2人を獲得。マニー・
マチャド、タティス・ジュニアらと夢のような中軸打線が組める。ポストシーズンの短期決戦で王者・ドジャースを打ち負かすかもしれない。
そして来季はもっと楽しみ。地元ファンは2023年のシーズンチケットを買い求め、あっという間に売り上げは最多記録となる2万200組に達した。その矢先の8月12日の80試合の出場停止処分発表である。
タティス・ジュニアはお粗末だと思う。しかし「ジ・アスレチック」のパドレス担当デニス・リン記者が指摘するように、失敗から学ぶべきは本人のみならず球団もだと思う。21年2月、タティスがメジャー史上最長の14年3億4000万ドルの契約で合意したとき、ピーター・サイドラーオーナーは「私が22歳のとき、フェルナンドほど大人ではなかった。彼にはこの職業で偉大なことを成し遂げようという情熱がある。ファンはこれから14年に渡って、驚くべき才能を持つ偉大な人物を球場で目にできる」とべた褒めだった。
だが実際にはタティス・ジュニアはまだ子どもだった。そして球団は甘かった。昨年12月、タティス・ジュニアはバイク事故で手首を痛めた。スリルを味わうためのお遊びで、何度も怖い思いをしながらケガを気にしていなかったという。
当時、労使協定を巡るロックアウトが始まった直後で、球団と選手が直接話すことは禁じられていた。球団は第三者の言葉を信じ、医師をタティスのいるドミニカ共和国に送ることすらしなかった。しかし3月のキャンプで手術が必要と判明。3カ月間も時間を無駄にした。
そしてようやく復帰が近づいてきたかと思うと、禁止薬物のクロステボルを使っていたことが判明した。AJ・プレラー編成本部長は「本当にがっかりしている。球団がお金と時間を投資してきた選手。もっと成長してくれると思っていたのに」と厳しい言葉だった。だが彼自身の監督責任も問われるべきだ。
タティス・ジュニアには怒られると拗ねてしまうところがあり、ゆえにマイナー時代から球団は特別扱いだったという。そしてFA権取得まで4年もあったのに、22歳の若者に3億4000万ドルの契約を与えた。高額の給料をもらうプロアスリートには自覚と責任感を求めたいが、実際まだ若過ぎる。
タティス・ジュニアを17歳から見てきて、その辺をきちんと見極めるのも、プレラー本部長の仕事では、と感じるのである。
文=奥田秀樹 写真=Getty Images