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ライオンズ「チームスタッフ物語」2022

若手には“全部やってあげない”!? 五十嵐航太トレーナーの考え方の真意は?/ライオンズ「チームスタッフ物語」2022【Vol.07】

 

グラウンドで躍動する選手たちだけではなく、陰で働く存在の力がなければペナントを勝ち抜くことはできない。プライドを持って職務を全うするチームスタッフ。ライオンズを支える各部門のプロフェッショナルを順次、紹介していく連載、今回はファームでトレーナーを務める五十嵐航太氏を紹介しよう。

緊張感のある職場に身を置いて


西武のファームでトレーナーを務める五十嵐航太氏[写真=球団提供]


 小学生のころから野球を始め、漠然とプロ野球選手になりたい思いは抱いていた。しかし、現実は厳しい。高校まで硬式野球でプレーしたが自分の実力では夢の世界に届かないことを思い知る。そこで、別の考えが脳裏に浮かぶ。あこがれのプロ野球の世界で働くためには何があるんだろう。しかも、選手に一番近いところで仕事をするには――。そこで視界に入ったのが「トレーナー」という職業だった。

「高校3年時に進路を考えるにあたって、まずは大学の体育学科に進みました。保健体育の教師になるための授業が多かったのですが、ゼミの先生に将来トレーナーとして働きたいと相談したときに、鍼灸の学校に行きなさい、と。そこで大学卒業後に鍼灸の専門学校へ行くことにし、そこであん摩マッサージ指圧師の資格などを取りました。

 その後、社会人として治療院からの派遣という形で、トータルワークアウトでトレーナーとして働き始めました。トータルワークアウトはスポーツ選手や芸能人がお客さんとして訪れます。僕はまず緊張感のあるところに身を置きたかったので、ぜひ働いてみたいと思っていました。

 トータルワークアウトでは、とにかく人に触る機会をたくさんいただきました。それが自分の中で大きな経験値として蓄積されていきましたね。例えば女優さんを診る場合、僕の施術が何か体に影響を与えてしまったら、各方面に影響を及ぼしてしまうわけです。もちろん、一般の方でも緊張感を持って施術していましたが、女優さんなどはより緊張感が高まることがありましたね。ただ、そこで評価を得ることができたので、それは自信につながりました」

しっかり選手を観察する


 着実にトレーナーとして成長を果たした五十嵐氏。もちろん、夢は忘れていない。日々、仕事にまい進する中でライオンズのトレーナー公募が目に入った。チャンスとばかりに応募すると、見事に合格。2020年の年明けからあこがれの世界で働くことになった。

「1年目は三軍のトレーナーに配属されました。野球の現場は初めてだったので、選手がどういう体の状態で練習や試合をしているのか。そこを探りながら把握することから始めました。あとは個々の選手がどういう性格なのか、また、僕がこういう人間だということを知ってもらわないといけないというところも強く思っていましたね。

 体を預けてもらう以上は、選手が心を開いて施術を受けてくれたほうが反応も違いますから。『この人はどういう人なんだろう』と警戒されての施術よりは、『この人はこういうマッサージをするよね』と知っておいてもらうほうがベストなのは間違いありません。やっぱり、初めて触る選手は僕も緊張しますが、普段の会話から少し打ち解けてからのほうがすんなりと施術が進みやすいですから。

 あとは選手が練習する姿を見ているのは大前提ですよね。動いている姿を見ていないのに『ここが固まっている』『ここの動きがイマイチだね』と言うのは、やっぱり説得力がありません。選手も分かりますよ、『見ていなかったでしょ』と。練習を見て得た情報を踏まえて、会話につなげていくことが重要です。『あのときはこう動いていたから、体は今こうなっているよね』と。そういう意見交換はしないといけません。コミュニケーションと普段の観察は大事にしています。

 練習は毎日見ているので、足の角度が何度違うという細かいことよりも、『昨日こう動いていたけど今日なんか足の上げ方が違う』というざっくりとしたところに目を光らせています。『昨日はあんなに元気だったのに、今日はうつむいているな』とか、そういう日々の変化を追うことが重要。漠然と何か違う……違和感という表現が近いかもしれないですね。普段やっていた動きと違うな、何か違和感があるな、と。よくよく聞いてみたら、『あのときは足首をひねっていて』ということがありますね」

若手の将来を考えて


選手の成長を願いながら治療にあたる五十嵐トレーナー[写真=球団提供]


 昨年限りでチームは三軍を二軍に統合することになり、五十嵐氏も今年からファーム担当となった。基本的に若手を診ているが、昨夏の東京五輪時には一軍トレーナーが日本代表に帯同したこともあり、五十嵐氏は一軍も経験。貴重な経験を重ねながら、チームのために日々の業務にあたっている。

「若手を施術する際に心掛けていることは“全部をやってあげない”ことです。一軍に上がった際、レギュラークラスでないと時間がなくて治療の時間が回ってこないことも考えられます。そういったときに自分で対処できる知識や引き出しをある程度、持っていないといけません。だから、こういう症状のときはこういうセルフケア、エクササイズをやろうということは、ファームにいるうちから教え込まないといけないと思っています。

 僕も最初は若手が治療を求めているなら、一から十までやってあげればいいのではと思っていたんですけど、やっぱりチームに携わる時間が長くなるにつれて、それだと選手の甘えや勘違いを生むことになってしまう、と。自分でできることはやってもらう。やっぱり、アスリートとして、自分の体と会話できるような選手にしてあげないと、その選手が将来損をすると思うようになりました。

 トレーナーとして一番うれしいのは、やっぱり選手に感謝されることですね。入団1年目、登板を控えていたベテラン選手が直前で足を痛めたときに治療を担当して、なんとか投げ切ってくれたんです。そのとき『五十嵐さんのおかげで投げられたよ』と感謝の言葉をかけてくれたときはすごく励みになりました。

 僕がずっと大事にしてきたのは与えられた状況に手を抜くことなく、精いっぱい務めるということです。自分の経験値になるし、技術を培うことにもつながりますから。それがライオンズに受かったことにつながったかもしれません。もし、プロ野球球団のトレーナーを目指している方がいれば、まずは置かれている環境でしっかりと結果を出すことを意識することを大切にしてみるのも重要だと思います」

文=小林光男
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