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プロ野球もしもオーダー

もしドラフトで日本ハムが…1981年の「後楽園決戦」で原辰徳が巨人に立ち塞がる?【プロ野球もしもオーダー】

 

栗山監督の就任1年目と同じく……


1年目の原。22本塁打を放ち新人王に輝いた


 迎える第5回WBC、侍ジャパンを率いるのは栗山英樹監督。プロ野球では日本ハムの監督として就任1年目の2012年からリーグ優勝に導いた。日本シリーズでは原辰徳監督の巨人に2勝4敗と及ばなかったものの、長くプロ野球を離れていながらも就任1年目のリーグ優勝という“離れ業”に加え、16年には日本一も果たすなど、その手腕は申し分ない。

 一方、近年の日本ハムといえばドラフトに強い印象がある。何もクジ運だけではない。前述した12年の秋に1位で指名したのが現在はエンゼルスでプレーし、侍ジャパンのメンバーでもある大谷翔平だ。ドラフト前にメジャー挑戦を宣言していた大谷を説得して“二刀流”で大成させた功績も大きい。栗山監督が就任する前年には巨人への入団を熱望していた菅野智之の指名で巨人と競合、交渉権を獲得して菅野が浪人の道を選ぶということもあったが、栗山監督となってからも有原航平清宮幸太郎らを、それ以前にも中田翔(巨人)、斎藤佑樹らを抽選の末に獲得している。なお、同じく侍ジャパンの最年長メンバーで現在はパドレスのダルビッシュ有も大谷と同様、“一本釣り”での獲得だった。ここで時間をさかのぼってみる。日本ハムが東京の後楽園球場に本拠地を置いていた時代のドラフトだ。

 ここ数回、第2回WBCの侍ジャパンを率いた原監督の現役時代で夢の世界を描いてきたが、今回は日本ハム。東海大の4年生だった1980年の秋、1位で指名したのは巨人、出身地でもある大洋(現在のDeNA)、黄金時代の広島、そして日本ハムだった。当時の後楽園球場といえば巨人の本拠地でもある。巨人への愛を貫いている原だが、もし現在のように日本ハムがドラフトに強く、原の交渉権を獲得した末、大谷のときのように説得を受けたら、どうなっていただろうか。

 原はプロ1年目から新人王に輝き、リーグ優勝に貢献したが、日本シリーズの相手は日本ハム。2022年を終えた時点では唯一、同じ本拠地のチーム同士が戦った、「後楽園決戦」ともいわれた日本シリーズだ。日本ハムには東海大相模高で同期だった岡部憲章もいた。この81年には最優秀防御率にもなった右腕だ。栗山監督の就任1年目に日本一を阻んだ巨人の監督は原だが、逆に日本ハムの一員として巨人の前に立ちふさがっていた可能性もゼロとは言い切れない気がする。そんな日本ハムのベストオーダーに、同じく81年の巨人での原の打順と守備位置を、そのままスライドさせてみよう。

1(中)島田誠
2(遊)高代延博
3(右)トミー・クルーズ
4(一)柏原純一
5(指)トニー・ソレイタ
6(三)原辰徳
7(左)井上弘昭
8(捕)大宮龍男
9(二)菅野光夫

実際のベストオーダーは?


打率と打点では原を上回る成績を残した1981年の古屋


 原を除く打順は実際のベストオーダーと変化なし。打順も守備位置も同じ「六番・三塁」で、原から弾き出される形となったのはパワフルな打撃で“ボンバー”の異名もあった古屋英夫だ。81年の古屋は11本塁打、73打点、打率.290。打点と打率では原を上回っているが、原は倍の22本塁打を放っている。ともに右打者であり、投手の左右などで使い分けられて併用される可能性は低そうだ。

 ただ、原は巨人で二塁手としてデビューしており、もし原が日本ハムの二塁で定着すれば、いぶし銀の菅野光夫が外れる。その職人肌は捨てがたいが、原を六番に置いて古屋、井上弘昭、大宮龍男が続くという下位打線になると、勝負強さを誇る打者が九番まで連なることになり、かなり得点力が高くなりそうだ。

 実際には奇しくも2012年と同じく2勝4敗で巨人に敗れた日本ハムだが、現実を逆転させることも不可能ではないかもしれない。では、続きはファンの皆様の夢の中で。

(日本ハム1981年のベストオーダー)
1(中)島田誠
2(遊)高代延博
3(右)トミー・クルーズ
4(一)柏原純一
5(指)トニー・ソレイタ
6(三)古屋英夫
7(左)井上弘昭
8(捕)大宮龍男
9(二)菅野光夫

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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