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WBC2023企画

奥田秀樹コラム「WBCがスーパーボウルのように発展する? ひょっとしたらひょっとするのである」/『WBC2023総決算号 侍ジャパン世界戦記』

 

日本はアメリカを超えたのか?


決算号表紙


 大谷翔平(エンゼルス)がアメリカとの決勝戦前に侍ジャパンのメンバーに発したメッセージは、多くのアメリカ人記者にとって印象的で、多くの記事で引用されていた。

「あこがれるのを止めましょう。あこがれてしまったら超えられない。僕らはトップになるために来たんで。今日一日だけは彼らへのあこがれを捨てて、勝つことだけを考えていきましょう」

 アメリカを代表する野球記者、スポーツイラストレイテッド誌のトム・ベデューチもその一人。そして「アメリカの国民的娯楽の心臓の鼓動は、今や日本で感じられるようになった」とアメリカを超えたことを綴っている。

「最高の選手を集め、ファンが熱狂的な応援で支え、選手たちは持てる力を出し切ってプレーする。侍ジャパンこそ王者に値する」

 ベデューチのような深く野球を愛する米国人にとって、心底羨ましかったのだろう。

 9回、クローザーの大谷が汚れたユニフォームでマウンドに向かう。指名打者で4度打席に立ち、内野安打で全力疾走した。

 その上で登板準備にベンチとブルペンを2往復した。

 あと数か月でFAの資格を得て、体に故障さえなければ、史上最高の5億ドルの契約を得られる立場だというのに、自己防衛に走ることなく、国のために体を投げ出し一か八かの勝負に出る。

 対照的に、アメリカ生まれのトップ投手たちは、公式戦前にケガをしたくないと、家のソファーで休んでいた。

 日本のファンの熱狂的な応援ぶりについても羨望のまなざしを向けた。2月17日の集合練習初日になんと1万8000人のファンが見に来たと報じる。第1ラウンドの韓国戦は日本で6200万人がTVで見た。ワールド・シリーズのTV視聴者の過去最多は1980年フィリーズ対ロイヤルズの5480万人で、それをも上回った。

 WBC準決勝の米国対キューバの視聴者数はたったの190万人。33分の1である。

 さらにラーズ・ヌートバーの証言を引用する。

「東京ドームでは5万人のファンが一番から九番まで打席に立つ選手全員の応援ソングを合唱、みんなきちんと歌詞を知っていた」

 もっとも今大会で素晴らしかったのは日本だけではない。メキシコ、ベネズエラ、プエルトリコ、イタリアなど多くの国が見事な野球を見せた。日本対メキシコ、ベネズエラ対アメリカ、メキシコ対プエルトリコなど見ごたえのあるスリリングな試合もたくさんあり、47試合に130万人を超す観客が詰めかけた。

 アメリカ代表のアンディ・ぺティート投手コーチはメジャーで18シーズン投げ、ヤンキースの主戦投手としてポストシーズンで数多くのビッグゲームを経験してきたが、その彼でさえ「WBCの雰囲気はヤンキース対レッドソックス戦にも勝る」と発言した。

 マイク・トラウトも「野球をやってきて一番楽しい10日間だった」と振り返る。決勝戦、大谷に空振り三振を喫し最後の打者になったが、「第1ラウンドは彼が勝った」と、第2ラウンドでのリベンジを期す。

MLBはもっと未来を見るべきだ


 侍ジャパンはWBC第1回大会から「一番真剣に取り組んでいる国」と呼ばれてきた。そこには敬意が込められる一方で、やり過ぎではないかという冷ややかな視線もあった。

 WBCは所詮はMLBの世界市場へのプロモーションイベントで、おまけという考えが根強いからだ。

 選手にとって重視すべきは公式戦でそのために高額のサラリーをもらっている。WBCの代表監督は勝利を目指すことも大事だが、それと同じくらいMLB球団から預かった選手をケガなく、チームに戻す責任があると。

 しかしながら今回はっきりしたのは、侍ジャパンと大谷の真剣な戦いぶりが、野球ファンのみならず、野球に特に興味のない人たちをも魅了し、若年層にもアピールしたこと。そして他国も、日本に感化され、真剣さの度合いが増している。

 アメリカ代表にはトップクラスの先発投手が不在だったが、トラウトは「次はみんなが出たいと思うようにしたい」と言い切る。MLBは近年人気の停滞に悩まされてきた。そこにこの盛り上がり。サッカーが4年に一度のワールドカップを軸に世界的人気を誇るように、野球もWBCを軸に新たな展開を考えるべき時ではないか。

 しかしながら決勝戦前のロブ・マンフレッドMLBコミッショナーの会見にはがっかりさせられた。コミッショナーは「100パーセント、26年もWBCを開催する」と明言、「もっと投手でスター選手に出てほしい」と呼びかけた。

 それは良い。しかしながら選手が一番力を発揮しやすい夏場に開催時期を移す話になると、「このトーナメントが我々の伝統的なフォーマット(162試合の公式戦とその後のポストシーズン)よりも大きくなるとは思っていないし、そうなって欲しいとも思わない。ワールド・シリーズはワールド・シリーズであり続ける。二者択一とかではない。WBCは別物。国際化を進めるためにやっている」と釘を刺した。

 もちろん彼はオーナーたちに雇われる立場で、彼らの利益を守らないといけないから、公式戦を中断して7月に開催するなど、思い切ったことは言えないのだろう。しかしながら、もっと未来を見るべきだ。

 ニューヨークタイムズ紙は今回のWBC決勝戦をNFLの第3回スーパーボウルになぞらえていた。

 スーパーボウルは今でこそアメリカ最大のスポーツイベントだが、最初は関心度が低かった。それが1969年、ニューヨーク・ジェッツのQBジョー・ネイマスが、圧倒的に強いと見られていたコルツを倒すと予告、言葉どおりの番狂わせが起き、注目度が飛躍的に上がった。

 その舞台がマイアミのオレンジボウルスタジアムで、2008年に解体、同じ場所に今回のローンデポ・パークが建てられていた。

 WBCがスーパーボウルのように発展する? ひょっとしたらなのである。
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