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酔いどれの鉄腕

「俺のクイックは世界の福本豊の足より速かった」と言ったらウケていたよ/佐藤道郎『酔いどれの鉄腕』

 

 元南海-大洋の佐藤道郎氏の書籍『酔いどれの鉄腕』がベースボール・マガジン社から発売された。

 南海時代は大阪球場を沸かせたクローザーにして、引退後は多くの選手を育て上げた名投手コーチが、恩師・野村克也監督、稲尾和久監督との秘話、現役時代に仲が良かった江本孟紀門田博光、コーチ時代の落合博満村田兆治ら、仲間たちと過ごした山あり谷ありのプロ野球人生を語り尽くす一冊だ。

 これは不定期で、その内容の一部を掲載していく連載である。

死んだふりのわけないよ


『酔いどれの鉄腕』表紙


 本の内容をちょい出ししている連載。

 今回は南海時代、前後期制が始まった1973年の話だ。



 あの年、南海は前期に優勝した、というかしちゃったんだ。阪急が優勝候補と言われ、ふたを開けたら金田正一さんが監督になったロッテが開幕から飛ばしたけど、いつの間にか南海が首位に立って優勝が決まった。

 最後はロッテの負け待ちだったから、胴上げはなく、祝勝会も私服で大阪球場の球団事務所でやった。そりゃ、うれしかったよ。初めての前後期制だったし、半分だけで優勝でいいのかなって少し思ったけどね。

 ただ、後期は勝てなかったな。優勝の阪急に12敗1分けだからね。「死んだふり」で阪急を油断させた? そう書かれたけど、そんなわけないでしょ。この世界は個人の成績もある。130試合で結果出さなきゃ給料上がらんし、クビもある。みんな必死さ。死んだふりなんてしている場合じゃない。

 阪急がそれだけ強かったんだ。世界の盗塁王・福本豊がいて、加藤秀司長池徳二さん、代打には高井保弘さん、投手も山田久志足立光宏さん、米田哲也さんとか。力的には南海はまったく歯が立たない。相撲で全盛期の白鵬に12連敗してたら、まわしを見ただけで「勝てるわけない」になるでしょ。俺たちも同じだった。阪急のユニフォーム見ただけで「きょうは負けるな」と思っていたからね。

 クイックは野村克也さんがよく「福本の盗塁を止めるために編み出した」と言っていたけど、確かに、個人じゃなくチーム戦略としてやったのは、野村南海からだった。でも、技術としては昔からあったよ。野村さんは、ミーティングで俺たちに「もうワシの肩はボロボロや。ちっちゃいフォームで投げんと走られまくって損やで」って言ってただけだしね。

 クイックって、いつもと違うフォームをしなきゃいけない。ピッチャーとしては面倒だし、球が遅くなるからやりたくないと言う人も多いけど、俺は得意だった。1つコツを言うと、クイックと言うと、たいてい足を高く上げずにすり足にするよね。確かにそうすれば下半身は速くなる。ただ、そこだけ意識しても、上がゆったりとし、テークバックが大きくなったりで、実際にはクイックになっていないことが多いんだ。

 だから、俺は腕も速くするために、グラブから早く球を離し、テークバックを小さくした。

 あとね、構えで気をつけたのは頭を動かさないこと。バッターもランナーも目だけで見て、できるだけ動かす場所を減らした。なくて七癖と言うけど、動かす場所が増えると、どうしてもクセが出る可能性が増えるからね。

 自慢じゃないけど、福本にはあんまり走られていない。福本によく言われたのは「お前はけん制しないから難しい」だった。ピッチャーのけん制を見ながらスタートや帰塁のタイミングを計っていたけど、俺はほとんどけん制しないから分からなかったらしい。

 そう言えば、あいつのおかげで3回くらいNHKに出させてもらった。福本の盗塁特集の番組で、対戦した投手の代表みたいな感じで呼ばれてね。そこで「俺のクイックは世界の福本の足より速かった」と言ったらウケていたよ。あれは座布団何枚かもらってもいいんじゃない。
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