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若鷹ウインターリーグ奮戦記

正木智也、奈落の底を見た男の強さ【若鷹ウインターリーグ奮戦記VOL.3】

 

開幕スタメンで五番打者。そのシーズンで野球人生最大の挫折を味わうとは誰も予想していなかった。正木智也、24歳。ホークス期待のスラッガーは輝きを取り戻すべく、秋季キャンプが終わると台湾に渡ってウインター リーグに参加した。若手プロ野球選手の登竜門ともいえる地で何を得たのだろうか。

23年3月31日 開幕戦でスタメンを勝ち取った


23年春季キャンプで「MVP」と評価され五番打者として開幕を迎えた


 人生において多少の挫折はつきものだが、プロ2年目だった2023年シーズンの正木智也の姿は見ているほうですら、野球の神様はなぜこんなにも残酷な試練を彼に与えるのかと胸が苦しくなるほどだった。正木自身も今ようやく、シーズン中の気持ちを素直に言葉にできるようになった。

「打席に入るのが怖かったですし、メンタルの持ち方も何かよく分からないまま打席に入っていたというか。自信がないまま臨んで、調子が悪くなって、だけどその戻し方も分からなくなって」

 慶應義塾大で東京六大学野球リーグを代表するスラッガーとして名を馳せてドラフト2位で入団。今季はチームの若手の中でも最も飛躍が期待されていた選手だった。春季キャンプで「MVP」と評価され、迎えた3月の開幕戦では五番打者で栄光のスタメンを勝ち取った。しかし、結果がまるで伴わなかった。首脳陣は当初「正木は最低でも50打席、我慢してでも使う」と明言していたが、冒頭のような状態に陥ってしまいさすがにタオルを投入せざるを得ないと判断された。15試合出場、26打数1安打、打率.038、0本塁打、1打点、10三振、4四死球。ただ、悪夢はこれだけで終わらなかった。二軍のウエスタン・リーグでも大不振は変わらず、その後、右肩痛を訴え離脱してリハビリ組へ。今季二軍成績も22試合出場で打率.167、0本塁打、7打点と振るわず、長打力自慢のはずが結局公式戦で1本の本塁打も打てずに終わったのだった。

 あまりに痛々しく映る姿にシーズン中は不振の原因を尋ねるのをためらっていたが、正木本人はその原因を明確に分析していたという。

「1年目が終わって去年の秋のキャンプで、バットの軌道というか寝かせ方を変えたんです。バットのヘッドの重さを利用して打つという考えだったんですが、それがすごく良くて『来年いける』と、そのときは思っていました。だけど、やっていくうちにやり過ぎちゃったんです。ヘッドが下がり過ぎて、直そうと思っても、それが癖になってしまった。感覚も合わなくなり、春のキャンプもイマイチ。MVPと言ってもらいましたけど、そんな手応えもなく……。春のオープン戦も最後は打てたけど、自分で調子がいいなと感じたことは正直1回もありませんでした。自信をもって打席に入ることもできないまま、開幕を迎えてしまったんです」

 決して間違った打ち方をしたわけではなかったが、正木には合わなかったのかもしれない。その中で迎えた今年11月の秋季キャンプでは、ソフトバンク球団が米国シアトルにあるトレーニング施設「ドライブライン・ベースボール」を招く取り組みが行われた。動作解析などで収集したデータを基に助言するなどした科学的アプローチから打撃を見つめなおした。すると、心の霧がパッと晴れていくような気持ちになった。

「自分が思ってた課題とドライブラインで出た課題が一致したんです。自分の中でやってる方向性が合ってたのを確認できましたし、その課題を克服するためにどうすればいいのかというのを教えてもらって、自分の中で納得できました。スイング自体はすごくいいと褒めてもらえたのでそこも自信になりました」

 動作解析の結果に基づき、秋季キャンプ中に打撃フォームを少し改造した。上半身を軽く折り曲げて前傾姿勢を意識して打席に立つようになった。背中を伸ばして構えて打つとレベルスイングになる。「ただ、投手のボールって厳密に言えばストレートでも落ちてくるというか、角度がついているので、アッパー気味にした方が、打球がしっかりいい角度で飛ぶんです」。姿勢を変えるだけで打球に角度がつき、バットも内側から出るようになった。ただ、それはあくまでキャンプの練習での話。試合で表現できて、さらには試合の中で結果を残せなければ意味がない。言ってしまえば二の舞になるというわけだ。

絶好の舞台となった台湾でのアジアウインターベースボール


台湾へ出発前の9選手。[左上から時計回りに]正木智也選手、井崎燦志郎投手、大竹風雅投手、風間球打投手、佐藤宏樹投手、桑原秀侍選手、牧原巧汰選手、藤野恵音選手、イヒネ・イツア選手


 来シーズンを迎える前に実戦の中で試す機会。ウインター リーグは絶好の舞台だった。正木は台湾で行われたアジアウインターベースボールリーグにチームメート総勢9人の一人として派遣され、シーズンオフ期間の中で多くの実戦機会を得られた。果たして、実戦の中でどんな成果を示せるのか――。台湾でのウインター リーグは6チームで構成。現地プロ球団の台鋼ホークス、U-23台湾選抜、台湾プロ野球選抜。そして日本から参戦する社会人(JABA)選抜、NPBレッド(ソフトバンク、オリックス阪神ロッテヤクルトの混成チーム)、NPBホワイト(巨人DeNA楽天西武中日の混成チーム)でまずはレギュラーシーズンのリーグ戦を行う。

「最初の2、3試合はちょっとボールの見え方も変わったりとか、多少戸惑いはあったんですけど、慣れていくうちに自分の中でしっくりくるものがあったんです」

 現地で出場8戦目となった12月5日の台湾プロ野球選抜戦で待望の一発が飛び出した。試合でホームランを放ったのは3月のオープン戦以来だった。同14日のNPBホワイト戦でも第1打席に中日・松木平優太の内角球にうまく肘をたたんで左翼ポール際中段まで打球を運んだ。この先制2ランを含む5打数4安打2打点で試合のMVPを獲得。

「練習だけでは分からない部分もありますし、実際に試合をやってみて見え方など全然違う部分があった。今回のウインターリーグに行ってよかったなって思いました」

 プレーオフに突入するまでのレギュラーシーズン成績は15試合出場で51打数17安打、打率.333、2本塁打、8打点と上々の数字。打てたことも収穫だが、凡打の内容も良かったとうなずく。

「全体的に打球角度が変わり、フライの数が増えました。調子が悪いときは引っ掛けのゴロが多くてノーチャンスな打席が多かったですけど、今回のウインターリーグではきちんと捉えた打球がアウトになったり、高いフライが上がったり、惜しいと感じる打席内容が多かったのでそこは収穫かなと思いました」

 こういった手応えは練習の中ではつかみづらい。ウインター リーグに参加した大きな意義と言える。また、他球団の同年代の選手たちと交流を持てたのも大きかったという。

「一番刺激になったのはウエートのやり方とか考え方とか。話を深くしたわけではないですが、取り組む姿勢などを間近で見て感じることができたのが大きかった。同じ右バッターの北村(恵吾=中央大→ヤクルト)や野口(恭佑=九州産業大→阪神)、左打ちだけど来田(涼斗=明石商高→オリックス)とかと仲良くなりました。試合が終わってウエート室に行って誰もいないだろうなと思ったら普通に練習をしていたり。すごく刺激をもらいました。これからも負けたくない。そう思える出会いになりました」

逆襲の2024年シーズンへ


「今はすごくいい状態なので、それをキープしたまま春のキャンプに入ってアピールしたい」と意気込む正木


 奈落の底にいたころとは表情も声の力強さもすべてが違う。逆にしんどい思いをした分、以前よりもたくましさを増したようにも見える。

「来季、もちろん開幕スタメンは絶対取りに行きたいと思いますし、開幕スタメンを取ってリベンジを絶対果たしたいと思います」

 遠回りをして長く助走をとった分、大きな飛躍を描くプロ3年目へ。台湾で得た経験も糧に勝負の年へ挑む。

文=田尻耕太郎 写真=福岡ソフトバンクホークス、BBM
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