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慶應義塾高、慶大の“レジェンド”元南海右腕・渡辺泰輔さん “最後の取材”で感じたこと

 

鮮明だった65年前の記憶


元南海の右腕・渡辺泰輔さんは12月20日、敗血症性ショックのため福岡・飯塚市内の病院で死去した。81歳だった。写真は慶大時代[写真=BBM]


 今夏の甲子園で、慶應義塾高(神奈川)が107年ぶり2度目の全国制覇を遂げた。

 同校野球部の歴史にスポットを当てた特集本の編集にあたり、欠かすことのできないレジェンドがいる。本格派右腕として活躍した渡辺泰輔さん。福岡県直方市内の自宅へ向かった。渡辺さんは慶大4年春(1964年)の立大2回戦で東京六大学リーグ史上初の完全試合を達成。当時の思い出話を聞いて以来、8年ぶりの取材だった。

 渡辺さんは直方二中時代から実力を発揮。当時、福岡県内の高校野球をリードしていた、小倉高へ進学する予定だった。すべては甲子園に出場するための選択だった。

 ところが、人生の転換期を迎える。渡辺氏の兄が修猷館高から慶大野球部(マネジャー)に在籍し、知人からの強い推薦もあり、地元・福岡を離れ、神奈川で白球を追うことに。東京六大学リーグ、神宮球場へのあこがれもあり、慶大での4年間も見据えての決断だった。

 1960年春のセンバツ8強。当時、黄金期を築いた法政二高と県内でライバル関係にあった。3年夏は2年生エース・柴田勲(元巨人)を擁する法政二高のとの県大会決勝を延長11回で惜敗し、春夏連続甲子園出場を逃した。慶大では通算29勝、南海ではパームを武器に通算54勝。72年の引退後は家業を継いだ。

 渡辺さん宅の玄関を上がってすぐ右の応接間は「渡辺泰輔ミュージアム」となっている。夫人が玄関前で出迎えてくれた。渡辺さんはすでに、ソファーに座っていた。

「腰を悪くしてから、出歩けないんですよ」

 応接間の棚には慶應義塾高、慶大、南海と、現役時代の資料が並んでいた。8年前の取材の際には、慶大4年春の完全試合達成時のテレビ中継を録音した音源(テープを落とし込みしたCD)を聞かせてもらった。新聞スクラップも大切に保存。渡辺さんによれば「すべて私がやりました」。マメな性格である。

 65年前の記憶は鮮明だった。慶應義塾高は当時から丸刈りではなく、髪型は自由。監督は慶應義塾高出身で、慶大野球部の4年生が派遣されていた。「兄貴から教わっているような感じです。野球部の事情もよく分かっていますから、皆、明るいし、楽しい。先輩とも兄弟みたいな感じ」。理不尽な上下関係はなく、風通しの良いムード。精神野球が一般的だった昭和の高校野球とは、一線を画していた。

「塾高は強かったですねえ」


自宅の応接間でインタビューに応じた渡辺さん。最後の取材となった[写真=BBM]


 ただ、生ぬるい活動をしていたわけではない。甲子園出場のため、猛練習を積んでいた。

「投手というのは、投げることを好み、嫌でも走らないとイカン。毎日、グラウンドでは50メートル、100メートルダッシュを繰り返し、投球練習は1日で250球は投げていましたね。大学、プロを通じて、疲れを感じることはあっても、肩・肘を痛めた経験は一度もありません」

 2023年夏。後輩が甲子園で全国制覇を遂げた。慶大は秋のリーグ戦を制し、11月の明治神宮大会で4年ぶりの優勝。慶應イヤーとなった。

「今年は大学も勝ったので、本当に良かったですねえ(笑)。夏の仙台育英との優勝戦は、地元の三田会(慶應義塾の卒業生の組織)のメンバーの家に7〜8人が集まり、テレビで見ていました。塾高は強かったですねえ。ビックリしました。型にはまらず、ノビノビとプレー。個性を生かす考え方を大事にするスタイルは、私がいたころと変わらんですよ」

 約1時間のインタビュー。渡辺さんは夫人が準備したお菓子、アイスクリームをペロリと平らげていた。7月に81歳となった渡辺さんは、元気な様子だった。帰り際は、杖を使って立ち上がり、玄関まで見送ってくれた。

 取材から13日後(12月21日)、娘さんから電話が入った。20日に体調が急変し、亡くなったとの訃報だった。娘さんは言った。「最後の取材。母から聞きましたが、父は高校時代の話ができて、喜んでいたそうです」。言葉を失った。渡辺さんは面倒見の良い、思いやりのある人だった。いつも、周囲のことを気にかけていたのが印象的である。2度のインタビューを通じて、多くを学ばせてもらった。

 2005年春。慶應義塾高は渡辺さんがエースだった1960年以来、45年ぶりのセンバツ出場を遂げた。当時、監督として率いていた上田誠さんは「わざわざ日吉台球場に来て、指導していただきました。ご冥福をお祈りするばかりです」と、感謝した。今夏の甲子園優勝を見届けることができたのは、何より、幸せな人生だったはず。これからも、天国から温かい目で後輩たちを見守っていく。合掌。

文=岡本朋祐
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