ロマンを抱かせる打者

一軍で成長した打撃を見せている中村奨
紆余曲折を経たこれまでの道のりを考えると、まだ覚醒したと判断するのは早い。だが、高い身体能力を誇るこの選手が打席に立つと大きなロマンを抱かせる。
広島のプロ8年目・
中村奨成だ。
開幕を二軍で迎えたが、4月2日に一軍昇格。左投手が先発のときにスタメン起用される機会が多い。「一番・中堅」で出場した5月7日の
ヤクルト戦(神宮)では、3回に左腕・
山野太一の変化球に泳がされながらも、左翼フェンスにワンバウンドで達する先制の適時二塁打。マルチ安打の活躍で勝利に貢献した。右投手にも対戦打率.467と結果を出している。4月27日の
DeNA戦(横浜)では8回に代打で登場すると、サイ・ヤング賞に輝いた実績を持つ
トレバー・バウアーの直球を振り抜き、右中間を突破する自身初の三塁打。三塁ベースに滑り込むと、力強くこぶしを突き上げた。
広島で生まれ育ち、広陵高に進学。衝撃的な活躍で「時の人」になったのが、3年夏の甲子園だ。準決勝までの4試合で3試合連続本塁打を放つなど6本塁打をマーク。1大会で個人最多本塁打の新記録を更新した。通算17打点も個人最多打点記録で、地元球団の広島にドラフト1位で入団した。強肩強打の捕手として将来を嘱望されたが、度重なる故障に加えてプロ意識の欠如を指摘されたことも。出場機会を模索して内外野を守り、ファームで好成績を残すが、一軍で結果を出せないシーズンが続く。昨年は30試合出場で打率.145、0本塁打、1打点。「トレード要員」とメディアで報じられたことがあった。
高校3年時の輝き
プロ入り後も、高3の夏に輝いた姿を取り上げられる機会が多い。中村奨は週刊ベースボールのインタビューで、こう語っている。
「夏の甲子園のホームランの大会記録を作れたことについては……、選手にとっては3年間を通しての高校野球であり、何も夏の甲子園だけが特別ということではないんですけれども、3年間、高校生活の中で頑張ってきた結果として、その頑張りが記録という形で残ったということに関しては、自分としてもうれしいことだなと思います。プロに入ってからは、やはり周りから『夏の甲子園でホームラン記録を作った中村奨成』という目で見られることが多くなりました。そういう目で見られ、またそう言われながらプロ生活を送らなければいけないことは、自分でも覚悟はしていましたし、プロに入るときに、そこのところは気持ちの中で整理して、入ったつもりです」
「もちろん、自分の中では整理をつけているつもりでも、実際にそういう声を聞くとプレッシャーになっていた部分はなかったとは言えませんけれども、まあしょうがないかな、と思いながら、ここまでやってきています」
粘りと積極性
夏の甲子園でホームラン記録を作った中村奨成――。この印象を変えるにはプロで進化した姿を示さなければいけない。昨オフに打撃フォームの改造を決断する。球の見やすさを重視してオープンスタンスに打撃フォームを変更。下半身に粘りが出たことでフォークなど落ちる球への対応力が格段に上がった。昨年は70打席で13三振だったが、今年は43打席で5三振と減少。2ストライクに追い込まれてもファウルで粘り、投手に球数を投げさせる。
初球から果敢に振り抜く積極性も忘れない。5月9日のDeNA戦(横浜)では、1点を先制された直後の4回に先頭打者でバウアーの初球のカットボールを左前にはじき返して出塁。一挙3得点を奪うきっかけを作った。5回に中前打、8回にも右前打で今季2度目の猛打賞をマーク。チームはサヨナラ負けを喫したが、打率.359に上昇した。
与えられたチャンスで結果を出しているが、一軍が確約された立場ではない。外野はクリーンアップを担う左翼・ファビアン、右翼・
末包昇大が外せない。残り1枠の中堅を
二俣翔一、
野間峻祥、
田村俊介、
大盛穂と争う。「右足関節外側じん帯損傷」で戦列を離れている
秋山翔吾もファームで実戦復帰しており、一軍復帰すればさらに競争が熾烈となる。スタメンで出続けるためには、攻走守でアピールし続けるしかない。今年こそ大輪の花を咲かせられるか。
写真=BBM