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冷静と情熱の野球人 大島康徳の負くっか魂!!

大島康徳コラム第78回「大島康徳×牛島和彦 スペシャル対談(後編)」

 

予定どおり(?)、前中後編の3回となった大島康徳さんとドラゴンズ時代のチームメート、牛島和彦さんのスペシャル対談。後編は、牛島さんのロッテへの移籍が決まった1986年オフからだ。
取材・構成=井口英規 写真=福地和男


「村田さんは、俺が球団に頼んだと言ってました」(牛島)


 就任初年度、優勝に向け、ロッテで1985、86年と2年連続三冠王になった落合博満がどうしても欲しかった星野仙一新監督(故人)は、若き守護神・牛島をはじめ、上川誠二平沼定晴桑田武の4人を交換要員としたトレードを決めた。

 中日ファンの中では、いまなお賛否両論が分かれる世紀のトレードだ。星野監督は、翌年も大胆なトレードでチーム改革を進め、ベテランとなっていた大島もまた、日本ハムに移籍となる。

──トレードでドラゴンズから離れたのは、牛島さんが先でしたね。86年の暮れでした。

牛島 たぶん、あのトレードが球団同士で正式に決まった日だと思うんですが、僕は大島さんとゴルフに行っていたんですよ。12球団の選手が集まったテレビ番組の企画でした。

大島 そうそう、静岡の富士の裾野のゴルフ場でね。

牛島 大島さんに「俺は運転が嫌いだから乗っけてってくれ」と言われ、一緒に行ったんですが、すでにトレードのウワサがスポーツ新聞には出ていたんですよ。正直、本当にそうなるとは思ってなかったんですが、「大島さんだったらトレードを受けますか」って聞いたことを覚えています。ゴルフが終わって名古屋の大島さんの家まで送って降ろした後、僕はヒジの治療のために、そのまま下呂温泉に向かったんですが、向こうに着いたら球団から、すぐ帰ってこいと電話があり、落合さんとのトレードを告げられました。

大島 あのときの会話は、よく覚えてる。最初は・・・

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中日、日本ハムで主軸打者として活躍し、日本ハムでは監督も務めた大島康徳氏が自らの一風変わった野球人生を時に冷静に、時に熱く振り返る連載コラム。

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