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冷静と情熱の野球人 大島康徳の負くっか魂!!

大島康徳コラム「オレンジのユニフォームでテレビ局内を歩いたのは恥ずかしかった」

 

通算2000安打を打ったときのユニフォームがこれ。テレビ局内を歩くのは恥ずかしかった……


部室で干してた高校時代


 この号は、ユニフォーム特集ということなので、今週はユニフォームに関するさまざまなことをお話ししていきたいと思います。

 私の場合は、中学までバレーボールをやっていたので、ほかのプロ野球選手と違って、野球のユニフォームを着たのは高校時代からなのですが、まず思い出すのは、やはり高校時代の洗濯のことです。

 当時はいまほど物のある時代ではなかったし、ウチも裕福なほうではなかったですから、普段の練習で使うユニフォームは1枚、アンダーシャツも1枚でした。今の高校生はもう少し持っていると思いますが。

 最初は毎日、家に持って帰って洗っていたのですが(父が泥だらけのものをよく洗ってくれ、迷惑を掛けました)、そのうちやってられなくなって、部室で干すようになったのを覚えています。もう水で洗っただけでそのまま干してました。そしたら次の日、パリパリになるんですよ。それを練習で着て慣らす、みたいな感じでしたね(笑)。

 そのうちちょっとカビてきたりしてね。あの高校の野球部の部室の独特のにおいがつくんですよね。

 まあ、試合になると1着だけはいいユニフォームをもらえるので、そこはよかったですけど。

 そもそも、下級生のうちは、自分のは適当にして、先輩のを洗わなければいけなかったんですよ。いや、とは言っても、実は・・・

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中日、日本ハムで主軸打者として活躍し、日本ハムでは監督も務めた大島康徳氏が自らの一風変わった野球人生を時に冷静に、時に熱く振り返る連載コラム。

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