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廣岡達朗コラム

「臍下の一点に心を静める」一本足打法を生んだ心身統一合氣道とは/廣岡達朗コラム

 

「正しい姿勢」で立つこと


王の一本足打法


 心身統一合氣道の創始者である藤平光一先生は私に多大な影響を与えてくれた。

 藤平先生は野球の専門家ではないが、いろいろなことを教わった。「ゲッツーのときに走者が邪魔なんです」と相談したら、返ってきた言葉は「お前は雨の日に車に乗ったとき、ワイパーを見て運転するのか」だった。ワイパーは関係ない。それと同じで走者も関係ない。そう言われて私は得心した。

 心身統一合氣道の大原則は臍下(せいか)の一点に心を静めることである。臍下の一点とはヘソの下、それも骨盤近くの下腹を差す。この一点はどんなに力を入れようとしても力が入らない。人間は感情的になると、どうしても意識が上に向かう。言葉でいえば「頭に来る」「(緊張して)上がる」。その意識を臍下の一点に静めなさいということだ。

 内野ゴロを捕球するときも臍下の一点から左右に動くことが大切だ。両サイドに体を引っ張られるように捕っていてはいけない。臍下の一点と言って難しければ足を使って正面で捕れということなのだ。

 ある球団のキャンプを見ていたら、ボールケースに腰掛けたコーチが至近距離から野手に向かってワンバウンドを連続的に投げていた。野手は自分の右側に来た球を逆シングルで、左側の球はグラブを持った左手を伸ばして捕っていた。そこには足を使って捕らせるという基本練習が欠落している。私の信条である「投げるために捕る」がこの練習では培われない。

 臍下の一点に心を静めるために、やるべきことは「正しい姿勢」で立つことだ。

 評論家の藤川球児吉田輝星(日本ハム)を熱心に教えていたが、吉田は「正しい姿勢」ができていないから思うような投球ができない。どういうことかというと踵に体重がかかっている。足の先まで気が通っていないのだ。これを修正するためには、一回つま先立ちをして、そこからゆっくりと踵を地面に降ろしてみたらいい。そうすると少々押されてもブレない安定した姿勢が出来上がる。この姿勢でプレーに取り組むことが投打に好影響を及ぼすのだ。

 王貞治の現役時代、コーチの荒川博さんが「一本足のほうが結果がいい」と言ったとき、藤平先生は「それなら一本足で打ったらどうか」と勧めた。左打者が右足を上げたときに軸足である左足の重心も同時に上げてバランスを取る。この段階で臍下の一点に心が静まり、足先まで気が通っているのだ。体を押されてもビクともしない。だから変化球でタイミングを外されても体勢を崩されることなく、球をとらえられたのだ。

「気」もキーワード


 特筆すべきは、王の一本足打法は反動をつけることが目的ではないということだ。最近の選手は前足を大きく振り上げて打っている選手が少なくないが、反動をつけるために上げているに過ぎない。王とはレベルが違う。そうして打っている限り、球に遅れてしまう。

 もうひとつ、心身統一合氣道では「気」もキーワードだ。人間は手や足が出る前に気が動く。心身――で一方が突きを狙ったとき、その右のコブシを見ていたらやられてしまう。相手の気を読み、「来るな」と思った瞬間にかわせば、相手の突きは空振りする。野球も一緒だ。打者は投手の気をとらえて始動に入る必要がある。ボールを見ていたら間に合わない。

 こうして書いてきたものの、言うは易し行うは難し。今日の明日で結果が出ると思ったら大間違いだ。だから、これと信じたことは死ぬまでやり続けることが大事なのだ。

『週刊ベースボール』2022年3月21日号(3月9日発売)より

廣岡達朗(ひろおか・たつろう)
1932年2月9日生まれ。広島県出身。呉三津田高、早大を経て54年に巨人入団。大型遊撃手として新人王に輝くなど活躍。66年に引退。広島、ヤクルトのコーチを経て76年シーズン途中にヤクルト監督に就任。78年、球団初のリーグ制覇、日本一に導く。82年の西武監督就任1年目から2年連続日本一。4年間で3度優勝という偉業を残し85年限りで退団。92年野球殿堂入り。

写真=BBM

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