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反撃のDeNA ヨコハマはあきらめない

DeNA・石井琢朗(野手総合)コーチによる意識変革 破壊力に緻密さが増し強力打線から協力打線へ

 

DeNAの快進撃の陰には24年前の歓喜を知る男がいる。横浜時代の1998年に不動のリードオフマンとして日本一を経験。指導者としても広島で優勝を経験、名コーチとしても名をはせた、石井琢朗野手総合コーチが今季チームに戻った。彼の細やかな指導で低迷の続いていたチームを変えていった。

試合前の円陣で選手たちに話をする石井コーチ[中央]。これまで培った勝つためのコーチングを古巣の後輩たちに惜しみなく伝授し、それが花開こうとしている


徹底したチーム打撃の打線へ


 14年ぶりに古巣に戻ってきた。2012年に広島で現役を引退後、広島、ヤクルト巨人でコーチとして経験を積んだ。「ここにいたときは井の中の蛙(かわず)だった。井の中を飛び出して大海原を漂流し、また井の中に帰ってきた」と表現した帰還は長年のファンなら誰しもが待ちわびた出来事だった。

 真っ先に取り組んだのが打撃の意識改革だった。昨季は牧秀悟佐野恵太宮崎敏郎桑原将志の4選手が規定打席に到達した上での打率3割を達成。オースティンもわずかに規定打席に足りなかったものの3割をマークした。これだけの強打者を擁しながらチームは最下位に沈んだ。「個人個人の力はあるんだけど、チーム力につながっていない。いかに勝利に結び付ける打撃をするか。もう一度見つめ直さないといけない」。進塁打などのチーム打撃を含めた、強打に頼らない攻撃パターンの構築。これが上位進出を目指すためには欠かせないものだった。

 バントやエンドラン、そして状況に応じた打撃。シーズン序盤は精度も決して高くはなかったが「その辺はある程度想定内」。時間がかかるのは承知の上で粘り強く取り組み続けた。夏場以降に接戦を多く経験する中で選手たちも徐々に自信を付け、新たな戦い方が機能し始めた。

 チームの成長が顕著に表れた試合がある。8月23日の阪神戦(京セラドーム)。相手の先発はリーグ屈指の好投手である青柳晃洋だ。対右打者と比べると左打者に対して被打率が高いサイド右腕に対し、主軸である宮崎とソトを先発から外し、投手の今永昇太を含めて7人の左打者を並べるオーダーを組んだ。各打者は球数を投げさせること、そして反対方向への打撃を徹底。相手のリズムを崩し、浮いた変化球は確実に捉えた。本塁打なしで3回まで毎回1点ずつを積み上げ、難敵を攻略してみせた。個々のスキルアップと選手層の底上げがあってこその成功体験だった。

 昨季までは長打力こそあったものの、好投手に対しては淡泊な打撃に終始することが多かった。それが今年は意識改革が着実に進み、チームが束になって攻撃を仕掛けられるようになった。自己犠牲もいとわず、それぞれがチームのためにやるべきことに集中する。誰か一人に頼るのではなく、日替わりでヒーローが出現した。相手にやりづらさを感じさせるチームに変貌を遂げた。

昨年以上にチーム打撃の重要性が浸透してきた。その試合の攻撃の狙いを意思疎通させ、試合に臨む。選手たちが納得して攻撃に臨むことで失敗も少なくなっている


 入念な準備も欠かさない。本拠地、横浜スタジアムでの試合前。練習が始まる前にはグラウンドで石井コーチを中心とし、野手陣が輪をつくる。毎日のミーティングでその日の攻撃の狙いを明確にし、頭の中を整理する。若手、ベテラン、そして外国人からも信頼は絶大。ソトは「勝ったチームの経験があるコーチ。メンタル的にもすごく強いものを持っているし、みんなにすごくいい影響を与えてくれる」と口にする。

 栃木・足利工高からドラフト外でプロの世界に飛び込み、30年以上が過ぎた。「年齢的にもここが最後になってくるのかな」とDeNAでの指導が野球人としての集大成との思いがある。現役時代の晩年、心残りがあるままで広島に移籍し、チームを去った。「自分の成績も、ファンの声援も年俸も、与えられるものを与えられたまま出て行ってしまった。帰ってきて、このチームに何か最後にいいものを残したい。今度は自分がチームに対して与えられれば」。

 若いチームを強くし、再び横浜の街に歓喜をもたらしたい。その一心で培ってきた経験を惜しみなく選手に伝えている。

写真=BBM
『週刊ベースボール』2022年9月19日号(9月7日発売)より

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