オリンピック開催に伴って、2021年のプロ野球ペナントレースはしばしの中断期間に入った。ただ、それは一軍に限った話。ファームでは連日、試合が行われ、一軍の舞台を目指す選手たちが汗を流している。
今年からベイスターズのファーム監督を務めるのが、
仁志敏久だ。巧打の内野手としてジャイアンツで11年間、ベイスターズで3年間プレーし、最後はアメリカでユニフォームを脱いだ。
2010年の現役引退から10年余りの時間を経て、自身初めてNPB球団の指導者となった。
現役時代から思い描いていた指導者像。
ベイスターズは、ファーム監督の役職ありきでオファーを出したわけではなかった。仁志が言う。
「いろいろと話していくなかで、ぼく自身の希望も聞いてもらいました。
若い選手の育成が、いまの自分には合っているんじゃないかと。その意思を球団が汲んでくれて、結果的にファームの監督を任せていただけることになりました」 新しい仕事をスタートさせるうえで、仁志が心の中に決めていたことがある。
「自分が現役だったころから、ずっと思い描いていた指導者像があって。自分もそうでしたけど、選手が『この練習、何の意味があるのかな』と思うことってありますよね。そういうとき、ちゃんと説明できるようにしよう、と。
練習であれ試合であれ、『なぜそれをする必要があるのか』ということをちゃんと伝えて、選手が惰性でやらないようにしたいと思っています」 一軍の監督には、試合の勝利という明確なミッションがある。かたやファームの監督は、公式戦を戦いながらも選手を育てることが重要な任務だ。勝敗と育成の関係性について、仁志はこんな考えを示す。
「試合の勝ち負けをある程度は意識させないと、野球そのものの指導にはならないんです。
ただピッチャーが投げて、ただバッターが打つだけの試合しかやらずに一軍に上がってしまうと、大事な場面で使えない選手になってしまう。一軍で確実に仕事ができる選手をつくるということが、ぼくの仕事。だから監督という名前はついてますけど、一軍の監督とはちょっと役割が違いますよね」
一軍で確実に仕事ができる選手をつくる――。その一点の思いが仁志を突き動かしていると言っていいだろう。
今シーズン序盤戦、一軍のチームが極めて厳しい戦いを強いられていたときのことだ。仁志は、勝ちが遠く、苦しんでいた一軍の状況を、若い選手たちに示すべき“教材”とした。 「(一軍の苦戦は)もちろん戦力が整っていなかったところが大きかったと思います。ただ、そういうときでも、バントだとか最低限やるべきことはしっかりできるようになっておかないと。いまやるべきことをやっておけば、将来的に一軍に上がったときにそれが生きてくる。一軍の状況を見ながら、そういう話はしましたね」
森敬斗をどう見ているか。
ファームで奮闘する選手たちの中で、興味深い成績を残しているのが
蝦名達夫だ。現在は故障のため実戦から離れているが、長打力が持ち味の外野手ながら、すでに16盗塁をマークしている(失敗4)。これは
森敬斗と並んで、イースタン・リーグ2番目の多さだ。
球団として機動力の向上を意識した結果、表れた数字なのか。そうした問いに、仁志は首を振る。
「そういうわけじゃないですね。選手が持っている能力を引き出すのは当然のこと。走れる選手がその能力を発揮しなかったら、もったいないですから」
そう話すと、蝦名自身の“走る能力”について付け加えた。
「ファームでは基本的に、盗塁に関しては、行けるときに行っていいことになっています。
蝦名の盗塁には、ベンチの指示でスタートを切ったものも含まれていますけど、こちらが要求する以前にスタートが切れる選手。そういった“勘”が非常にいい」 また、同じく16盗塁をマークし、一軍でも出場の機会をつかみ始めている2年目の森について、仁志はどう見ているのだろうか。
「もともと持ち合わせている肩の強さや足の速さなど、資質は非常に高いです。12球団の、同年代の選手たちの中でもかなり上位に入ると思います。
課題は、ゲームの中で使える技術というところでしょう。たとえば打撃についていえば、バッティング練習のバッティングが試合で通用するわけではないので。一軍に行けば、速い球を投げる投手、武器となる変化球を持っている投手たちと、難しい場面で対戦することになる。そこでの対処の仕方ですね」
周囲の期待感の高さゆえ、森の育成にはほかの選手と異なる点があるという。
「高卒のドラフト1位で入団してきたわけで、球団やファンの方たちが期待するレベルに追いつくには、もっともっとスピードを上げていかないといけない。5年目になれば、同い年の選手たちが大卒で入ってきます。やっぱりそれまでには立場を確立しなきゃいけないと思うんです。
そのためには、覚えるべきことを早く的確に覚えていく必要がある。もうちょっとペースを上げないといけないかな、と思っています」 現役の時間は長くない。
春季キャンプから数えれば、およそ半年が過ぎた。表舞台での活躍を志す若手たちと向き合うなかで、厳しい言葉を投げかけたこともあったようだ。
仁志は「言われた側のほうがよく覚えてるんじゃないですか」と苦笑しつつ、ひとつ教えてくれた。
「特に誰かに向けて言ったわけではなく、全員に対してですね。
『自分たちが思っているよりも、現役の時間は長くないぞ』という話はしました。自分の現役時代を振り返ってみても、やっぱりそう思いますから。だから一日一日をムダにしないように、時間をムダにしないように考えて過ごしなさい、ということは強く言い続けています」
ファーム監督として1年目のシーズンは、折り返し地点を過ぎた。ひとまずの目標は「来年以降の形をいかにつくるか」。常に視線を未来に向け、泥まみれの若者たちとともに濃密な毎日を送る。
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