9月20日の時点で、ベイスターズは月間成績9勝5敗1分と好調だった。だが、9連戦の4試合目、21日のスワローズ戦を落としたところから様相は一変する。投打は微妙に噛み合わず、ミスも重なった。5連敗で迎えた26日のカープ戦、8-10で敗北。7回にT.
オースティンの逆転満塁ホームランという劇的な一打が飛び出したが、それさえも空砲に終わった。
この試合に先発した
今永昇太は6回、2-3と1点ビハインドの状況でマウンドを後にした。試合後、悔しげに言った。
「やっぱり2点先制してもらったわけなので。2-0のまま自分が7回くらいまで投げて、いい流れをこっちに持ってくることができていれば……。リードを守れなかった、追いつかれて勝ち越されてしまったことが、まだまだ力不足な部分だなと思います」
左肩の手術中に起きたこと。
昨年10月、今永は左肩のクリーニング手術を受けた。
「肩の手術」という言葉には「選手生命を脅かすもの」との印象が伴うだけに迷いはあったが、実際のリスクの軽重はケースごとにさまざまだ。「ぼくの場合は、リハビリの過程をしっかりと踏んでいけば治すことができる確信があった」。肩の2カ所に数センチの穴をあけ、骨棘を削り取る内視鏡手術を受ける決断をした。
麻酔から覚めたときの感覚を、今永はこう振り返る。
「パンパンに腫れていて、左の頬のあたりまで腫れがきていました。肩を動かそうとすると、ものすごく強い筋肉痛のような痛みがあった。肩の中身がいちじくみたいにじゅくじゅくしているような感じでした」 実は、この手術中、想定外のことが起こっていた。事前に判明していた患部とは別に、傷ついた箇所が見つかったのだ。その部位の処置も同時に行われた。今永は言う。
「抹消される前の(2020年)8月15日の試合でも、148kmくらいは投げられるような状態でした。もし、そこで保存療法を選択して、焦って調整してゲーム中に何かあったとしたら……それこそ選手生命を脅かすような部位を傷つけてしまっていたかもしれない。早く手術してよかった」
手術の狙いは、フィジカルだけでなくメンタルの改善にもあった。 術前、今永の意識は肩のほうに引っ張られていた。たとえば車のハンドルを握っているときも、肩の状態を気にするあまり、右折するべき角をそのまま直進していたことがあった。
「ぼくの性格上、肩をずっと気にしてしまう。その結果、ヒジや足首といった別の箇所の故障につながる可能性もある。オペをすることで、もちろん体もすっきりするんですけど、心も整理できる。そう考えたことが、手術を決める一つの要因になりました」 「リハビリがつらい」はお門違い。
リハビリはおおむね順調だった。早朝に横須賀のファーム施設に行き、トレーニングと治療をこなして帰る日々。
「することがたくさんあって、充実していました。リハビリの期間はあっという間に過ぎていった」
当初はもちろんボールを投げることはできない。つらくはなかったのか、との問いに対し、今永はまったく逆の答えを返す。
「正直に言えば、めちゃくちゃ楽しかったです。たしかに自分だけにフォーカスすれば、もしかしたらつらかったかもしれない。
でも、ぼくたちリハビリ組が治療を受ける朝7時半より先にトレーナーさんは準備してくれていて、治療が終わってぼくたちが帰る夜6時、7時以降もデータの入力だったり、ミーティングだったりをされているわけで。その姿を見ている以上は『リハビリがつらい』と言うのはちょっとお門違いなのかなと思います」 調整に万全を期す間に、2021年のペナントレースは開幕した。一軍のチームはなかなか勝つことができなかった。マウンドに上がっては跳ね返される投手たちの姿を見つめながら「自分自身も投げている気持ちに」なり、苦しみを可能な限り共有した。
若い先発投手たちに対しては、機会を見つけて、こんな言葉を伝えた。
「連敗をストップさせたいとか、チームのためにとかじゃなくて、まずは自分のために投げたほうがいいよ」 必要以上の重圧を背負わせたくない――。そんな思いから紡いだメッセージだった。
今永自身は、5月23日のスワローズ戦で今シーズン初の一軍登板を果たす。ファームで6試合に投げ、復帰への不安はすでに消し去っていたから、気持ちはドライだった。
「これまでの苦しかった思い出とか、リハビリのときの気持ちとか、そういったことは何も浮かんでこなくて。いま、ぼくは横浜DeNAベイスターズのために投げなければいけないので、そこの感情は要らないなって」 「おりゃー!」だけでは抑えられない。
復帰ゲームは4回1/3、6失点で負け投手となったが、次戦以降のパフォーマンスは安定した。ここまで15試合に先発して、6回以上・自責3以内のクオリティースタートを11試合で達成。9月19日のドラゴンズ戦では完投勝利を挙げた。
最も印象深い一戦に挙げるのは、9月12日のタイガース戦。8回1失点で4勝目を手にした試合だ。
「自分の中で予測した打ち取り方ができたというか。こういう凡打を打ってほしいなというのが見えて、相手のバッターがそういうふうに打ってくれた。この感覚をもっとマウンドで出していきたい」 プロ6年目の経験と、手術から一軍復帰までの間にしてきた準備が、形になってきた。今永は続ける。
「ぼくはそこまで(キャッチャーのサインに)首を振るタイプではないけど、ここ最近は自分のフィーリングもちょっと大事にするようになりました。たとえば外のストレートを投げようとしたときに、このバッターはどういうふうに打つんだろうか、と。スイング、構え、その前後のボールでなんとなくわかってきた。首を振ってサインを変えることで、キャッチャーもぼくの感覚をわかってくれると思う。それをファームからやってきて、いまに生きているのかなと思います」
直球の球威に定評があり、今永自身もかつてはそれを頼みの綱にしていた。だが28歳となったいま、
「『おりゃー!』だけでは抑えられないこともわかってきた」。強引さはなくなり、打者心理を読み取ったうえで「相手がイヤなボール」を投げる投球術を身につける段階に入りつつあるという。
「もし自分が40%のパフォーマンスしか出せなかったとしても、100%の相手に勝てる。そういうレベルに持っていきたい」
巻き込む力をつけたい。
コロナ禍、そして左肩の手術と、2020年から2021年にかけて、これまでとはまったく異なる環境の中に身を置いてきた。日々めぐらせる思考もおのずと変化した。
まず、強く浮かんだのは「感謝」の2文字だ。市民の社会生活が円滑に営まれるために、コロナの感染リスクを負いながら仕事に向き合い続ける人たち。手術からの復活を全力でサポートしてくれる、トレーナーをはじめとする球団のスタッフたち。選手の声を拾い、広めてくれる報道関係者たち。毎日つけている野球ノートに、「今日、感謝したこと」あるいは「感謝を伝えられなかったこと」を書き留め続けた。
やがて、その行為に自ら疑問を投げかけた。
「書いてるだけで満足してくるんです。こんなことにも気づけたおれって偉いじゃないか、と。そんな思考にも陥りかけた」 自己満足の井戸に落ちないよう注意しながら、それでも感謝の対象者はどんどん増えていった。
「これをやってもらった。これもやってもらった。これも、これも……」
そして今永は、感謝の念を形にすることを考えるようになる。「ほかの人を、いい意味で巻き込んでいきたい」。
自分の投球内容が悪ければ、バッテリーを組む捕手の出場機会を減らすことにつながるかもしれない。野手がエラーした試合で負ければ、その野手はミスを悔やむだけでなく、ファームに落ちてしまうかもしれない。 万全の準備で、いい投球を続ける。エラーで崩れない強さを身につける。それができれば、自分以外の誰かをいい方向へと導ける――。
「お前はまだそこまでの選手じゃねえぞってブレーキをかけながら」も、巻き込む力の体得をひそかに志している。
残りの試合数を考えれば、今シーズンの先発機会は片手で数えられるほど。今永は言う。
「ここまで15試合投げて、5勝4敗。ぼくに勝ち負けがつかなかった試合で多く負けている印象があります。
もちろん、自分がいいピッチングをしたいけど、自分が投げた試合で最後にチームが勝ったかどうかをぼくはいちばん重要視している。あと数試合、自分が投げた試合は全勝できるようにしたいと思います」
いまだエースの称号を甘受しない左腕は、復活のシーズンをどう締めくくるだろうか。
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