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BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress-

「100%」の努力を重ねて――戸柱恭孝、再生の3カ月/BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress-

 


 10月13日のマツダスタジアム――。ベイスターズは3点ビハインドで迎えた5回表に怒涛の反撃を見せた。

 口火を切ったのは戸柱恭孝だ。カウント2-2からの6球目、アウトコースの変化球をレフト前にきれいに弾き返した。

「1打席目にまっすぐをヒットにしていたので、この2打席目は外寄りのカットボール、スライダーだけを狙っていました。狙いを最後まで変えず、割り切りができていた」

 後続の打者たちがチャンスを拡大すると、2番に入っていた知野直人が適時打を放って1点を返す。ここから、雨が落ちてきた敵地をベイスターズの選手たちは自在に駆けめぐった。5-3と逆転し、なお2アウト満塁の場面で、このイニング2度目の打席に戸柱が立つ。投手は先発の床田寛樹から菊池保則に代わったところだった。

「ファーストストライクを絶対に振る」

 迷いのないスイングが白球を捉えた。打球は遊撃手の頭上を越え、左中間へ。2点を追加し、ゲームの大勢はここで決した。


最も忘れられない試合。


 残すところわずかとなった2021年シーズンを、戸柱は重たげな口調で振り返る。

「全然、チームの力になれていないから、こういう順位(6位)にいる。扇の要に座るキャッチャーとして、責任を感じています」

 3・4月、チームの捕手として最多の25試合(先発17試合)に出場した。だが、その時期はとにかく負けが込んだ。勝ちが癒すはずの疲れは溜まる一方で、かといって球場で弱気な姿は見せたくなかった。いま、春の心境を明かす。

「しんどかったですよ。本当に苦しくて、家まで引きずっているような状況。自分では気づかなかったけど、帰ってから映像を見ては、ため息をついていたみたいです。たぶん奥さんには、びっくりするぐらい弱音を吐いていたんじゃないですかね」

 徐々に出場頻度が落ちるなか、厳しい現実を突きつけられた。大貫晋一とのバッテリーで、2試合連続の大量失点を喫したのだ。


異文化を苦としなかった。


 昨シーズンの大貫は10勝したが、そのうち9勝は戸柱とのバッテリーでつかんだものだった。ところが今シーズン、期待に応えられない。4月27日のカープ戦は2回2/3を投げて7失点。5月4日のドラゴンズ戦では、初回と3回にそれぞれ4失点と崩れた。後者の一戦は戸柱にとって、今シーズンの最も忘れられない試合になった。

 5カ月以上の時間が経ち、明るさを取り戻して戸柱は言う。

「大貫と笑い話みたいな感じでよく話しますね。去年はこんなメンタルで、こういうことができていたのに、あのときはおれら2人ともいっぱいいっぱいだったなって。ぼくはあの試合がきっかけで、そこからほとんど試合に出なくなった」

 そして5月17日、一軍登録を抹消された。


選手とコーチの思いが一致した。


 ファームからの再出発にあたり、シンプルな一カ条を自身に課した。

「練習から、100%を出し切ろう」

 そんな思いが芽生えた理由を、戸柱はこう説明する。

「5月は試合に出るにしても1週間に1回とか、途中からとか。そういうとき、自分の考えと体が全然一致してなくて。頭ではこう思っているのに、体がついてこないんです。だから、体のキレというか、まずは体を100%の状態に戻そう、原点に帰ろう、と」

 一軍のチームに属している選手の場合、どうしても試合に合わせた調整が優先される。ゲームで戦う余力を残して練習をこなす習性がつく。

 戸柱は、そのリミッターを壊したかった。もちろんファームでも試合に出場する機会はあるだろうが、そんなことに構わず「ヘトヘトになるまで100%」練習にぶつかっていこうと決めた。

 横須賀で待ち受けていたコーチ陣と対話を交わす。その際、鶴岡一成ファームバッテリーコーチから、こう言われた。

「トバ、全力で体を動かしていこう」

 事前のすり合わせなしに、選手とコーチの思いが一致していた。戸柱は言う。

「そこって選手にとってすごく大事ですよね。すんなりと入れたし、鶴岡さんの存在は大きかった」

 ファーム監督の仁志敏久には、打者の視点に立った野球観などを伝授され、頭の中をアップデートしていった。ファーム総合コーチの万永貴司からは「トバだったら絶対にこんなことでへこたれるわけない」「やり返せる実力はある」と、力強く鼓舞された。そして鶴岡が組んだ練習メニューにひたすら全力で取り組みながら、試合にも出た。

 降格から約1カ月後の6月23日、戸柱は一軍に復帰する。しかし、出場機会をほとんど得られないまま、同30日、再びファームへ行くことになる。

「正直、1回目よりも、この2回目の抹消のほうが驚きました。なんとかチームに貢献できるようにと思って、1カ月くらい自分を見つめ直してやってきたので……。

でも、結果の世界。その時期は(山本)祐大が踏ん張って勝っていた。また新たな感情というか、こういう世界なんだということをあらためて思いました。そうやって若い子が出てきたことで、ぼくたちもまたがんばらないといけないなって。全部、前向きに捉えるようにしていました」


「打ち方をガラッと変えた」


 意気込みが空振りに終わったあとも、戸柱は腐らなかった。社会人経由で入団して6年目の31歳は、周囲にどう見られているかを意識しながら我が身を律した。

「ファームには若い子が多い。一軍で出ていた選手が落ちてきたときに『もうダメだ』という態度でいたら、それはすごく見られていると思う。だから『若い選手たちが見ているからちゃんとしなきゃいけない』ということは意識していましたね。ポジションに関係なく、若手の存在はぼくの中ですごく大きくなっている」

 全力で練習に取り組むうち、狙いどおり体の状態は上向いた。特に、鶴岡の提案により取り入れたラダートレーニングが効果的で、足がよく動くようになったという。

 8月に入ると、バッティングを大きく見直した。

「一球一球、100%でスイングすることを心がけてきて、(バットを)振る力がついてきたのを感じました。そこで、自分の打ち方、感覚、バットの出し方をガラッと変えた」

 新たに追い求めた打撃スタイルを、戸柱はこう要約する。

「ゴロで、強烈な速い打球を打とうという意識に変えました。野手の間を抜けるような強いゴロを」

 1度目の抹消から数えて3カ月半が経過した9月3日、一軍に再昇格。エネルギーを余すことなくつぎ込んできたからこそ、気持ちはさっぱりとしていた。

「この3カ月間、これだけのことをやってきたから、もしダメでも後悔はない。そう思えるぐらいの気持ちで来ました。今年、ファームが長かったですけど、すごくいい時間を過ごせたなと思っています」


着実に結果を積み上げていく。


 まず、今永昇太が登板する試合を任された。後半戦、勝ち星に恵まれていなかった左腕をリードした。

「(今永の球を)受けたとき、『どうしてこれで打たれるんやろ』と。それぐらいよかったので、引き際と押し際を大切にすれば大丈夫だなって思いましたね」

 タッグを組んだ1戦目(対ドラゴンズ)は7回無失点で勝ち負けつかず。2戦目(対タイガース)は8回1失点で勝ち投手。3戦目(対ドラゴンズ)は9回1失点の完投勝利。週に1度か2度のスタメン機会で、着実に結果を積み上げていく。

 やがて出番は増え、さまざまな投手とバッテリーを組んだ。前半戦、失点を重ねた大貫の球を再び受けるようにもなった。

 10月13日のカープ戦がそうだ。大貫はファームでの調整を経て調子を取り戻し、同じくファームで鍛錬を積んだ戸柱もまた気持ち新たにミットを構えた。

「カープ戦の前にも(後半戦で)2度、組む機会がありました。投球自体もメンタルも、以前どおりの大貫に戻っていた。だからこそ、ランナーを出しても失点を少なく食い止められたと思います」

 カープ戦での大貫は3回に3点を失ったが(自責2)、傷口は小さくとどめた。5回の攻撃時に代打を送られたことで責任投球回をまっとうできなかったが、その回の野手陣の奮起が一挙7得点のビッグイニングに結実した。

 戸柱は2アウト満塁の場面で放った安打について、手ごたえをなつかしむように言った。

「みんなの勢いがあった。ファーストストライクが来たら、自分のスイングをしよう、と。ファームでやってきたとおり、速くて強いゴロを打つ意識でいきました」


 一筋縄ではいかぬシーズン、「100%」の練習を活路とした。その実直さで、自らを再び一軍の舞台に押し上げてきた。

 今シーズンは残り6試合。戸柱は言う。

「いろいろな可能性はなくなってしまいましたけど、こういう状況でも球場に足を運んで応援してくれるファンの方たちのためにも、残りの試合は全部勝つつもりでいきます。それがまた、来年にもつながっていくと思う」

 今年最後のウイニングボールをつかむまで、背番号10は全力を貫く。

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写真=横浜DeNAベイスターズ

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