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BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress-

無念の開幕戦を乗り越えて――不屈の左腕、東克樹/BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress-

 


 賽銭箱に五円玉を投げ入れた。

 今シーズンの開幕を翌日に控えた3月24日、東克樹は家の近くの神社で手を合わせていた。神様への願い事というよりも決意表明に近い言葉を心の中で唱えた。

 東は言う。

「心境の変化があって、今シーズンからゲン担ぎをするようになりました。登板の前は神社にお参りして、あとは清めた塩を入れたお風呂に入るようにしています」

 雑念を振り払い、大舞台への準備を終えた。


まったくの予想外だった開幕投手。


「まさか自分が」

 三浦大輔監督から開幕投手の起用を告げられたときの率直な思いだ。

 2020年2月にトミー・ジョン手術を受け、昨シーズン終盤に復帰。3試合に登板した。

 最終登板となったドラゴンズ戦で好投し、復活を印象づける勝利でシーズンを締めくくったとはいえ、リスタートを切ったばかり。「開幕投手は大貫(晋一)さんかなと思っていた」と話すように、自身が大役に指名されることはまったくの予想外だった。

 その後、オープン戦2試合で投げ、安定感のある投球を披露した。順調に調整を進めつつ、時間の経過は早かった。

「3月25日の朝、起きたときに『もうこの日か』と。あっという間でしたね」

 入場制限を解かれた横浜スタジアムには、同球場史上最多となる3万2436人の観客が詰めかけた。その中心へと歩み出したときの心境を、東はこう振り返る。

「ちょうどいい緊張感というか、ワクワクしながらマウンドに立つことができた。満員のハマスタで、(シーズンの)いちばん最初にマウンドに立てる喜びを、そこで初めて実感することができました」

 カープの1番打者、西川龍馬に対し初球で見逃しのストライクを取れたことで気持ちはほぐれ、わずか6球で初回を乗り切る。だが、2回に試練が訪れた。

 先頭打者の放ったゴロを、一塁手に入っていた知野直人が後逸。これをきっかけに安打を集められ、3点を失った。

「野手のエラーをピッチャーがカバーできなかった。ぼくが粘り切れなかったところは反省点だと思います。全体を見ても、もったいないというか、悔いの残る球もありました」

 6回、先頭打者に四球を与えたところでマウンドを降りた。左手の中指の皮がめくれたことによる、無念の降板だった。

「しっかりと指にかかったボールを投げられていた。だからこそ、指の皮がめくれてしまったのだと思う。湿気や汗の影響もあるので、いまはロジンを多くつけるようにしています」

 後続の投手も打ち込まれ、チームは大敗。2日後の27日、東は登録抹消となった。


「自分自身を責めてしまった」


 指の回復を待ちながら、どんな心境で日々を過ごしていたのか。東は言う。

「せっかく(手術から)復帰してここまで来たのに、こういう些細なことで戦いの場にいられなくなったことがすごく悔しかったです。不甲斐なさを感じて、自分自身を責めてしまった期間でした」

 その間に、変えたことが一つある。投球時に立つプレートの位置だ。手術からの復帰後と開幕戦は三塁側に立っていたが、次戦以降は一塁側に立つことにした。

「ウィークポイントである右バッターのインコースへのまっすぐのラインを出すために三塁側から投げていました。でも、悪いところを直すという発想ではなく、いいところを強みとしてどんどん発揮できるようにしていこうと考え直したんです。そのほうが自分らしいピッチングができるんじゃないか、と」

 東がより生かすべき強みと考えたもの、それはチェンジアップだ。三塁側から投げる場合は「真ん中から(右打者の)外に流れる」が、一塁側から投げる場合は「外からボールゾーンへ」と軌道を描く。後者のチェンジアップを意識させることで、右打者外角へのストレートの威力が増す。

 4月13日のジャイアンツ戦で今シーズン2度目の先発登板を迎えたが、チェンジアップを有効活用することはできなかった。「3球目までに勝負がつくことが多かった」。つまり、ウィニングショットのチェンジアップを使う以前の球を捉えられてしまったのだ。

 勝負勘という点においても、至らなさがあったと悔やむ。1点リードで迎えた3回、2アウト一二塁で丸佳浩を打席に迎えた場面。カウント2ボールとしたあとの3球目、甘く入ったチェンジアップを捉えられ、逆転の3ランを浴びた。

「フォアボールでもよかったところで、勝負を焦ってストライクを取りにいってしまいました。状況がしっかりと見えていなかった」


“遅い”チェンジアップを投げていない理由。


 今シーズンを迎えるにあたって東は球速の遅いチェンジアップを習得したが、丸に打たれたのは、以前から投げている“速いほう”のチェンジアップだった。自主トレをともにするドラゴンズの笠原祥太郎から教わった“遅いほう”のチェンジアップは、オープン戦では有効に使えているように見えたが、開幕後はほとんど投げていない。その点について、東は言う。

「遅いほうのチェンジアップを投げたのは、開幕戦で末包(昇大)選手にタイムリーを打たれた球とか、トータルでも両手で数えられる程度ですね。速いほうのチェンジアップに比べれば自信がある球ではないですし、ウィニングショットになるような感じではないので。ランナーを置いた状況などで投げられるほどの余裕はまだないかな、という感じです。ただ、今後使っていかないといけない球種ではあるので、増やしていきたい思いはあります」

 開幕からの2試合、思うような結果が出ず、むしろ課題が多く見つかる登板が続いた。ジャイアンツ戦のあとには、バッテリーを組んだ嶺井博希と今後の方針についてしっかりと話し合ったという。

 ひとまず導き出されたのは、チェンジアップを積極的に使っていくという方向性だ。登板3試合目となる4月20日のタイガース戦では、それを実行に移した。

 この日の東はストレートが走っていたこととあいまって、チェンジアップがより効果的だった。7回を投げて、被安打5、奪三振8、失点は0。同じく好投を見せた相手先発の小川一平との投げ合いで一歩も譲らなかった。

 3回には2アウト三塁のピンチを迎えた。打席には佐藤輝明。先制点を与えたくない場面で、集中力はひときわ増した。

 ジャイアンツ戦のときと同じ失敗を繰り返すわけにはいかなかった。

「失投は絶対に捉えてくる。ホームランだけは避けないといけない。ボールにするか、ストライクにするか、そこが曖昧にならないようにはっきりと意識をして投げました」

 直球とチェンジアップのコンビネーションで攻め込むバッテリーに対し、佐藤も粘る。決着がついたのは10球目だ。133kmの変化球。体勢を崩しながら佐藤が放った飛球は中堅手のグラブに収まった。


目標は「規定投球回をクリアすること」。


「(一球速報ではチェンジアップとなっているが)投げたのはスライダー、カット系の球です。佐藤選手に対して、それまで見せていなかったボール。予想していなかったような反応だったので、崩しながら打たせることができた。そこは狙い通りだったかなと思います」

 互いにゼロ行進が続いた試合は延長に入り、10回、N.ソトのサヨナラホームランで勝負がついた。

 ロッカールームにいた東は「一目散にダッシュして」グラウンドに飛び出し、歓喜の輪に加わった。

「チームが勝てたことが本当にうれしかった。個人的には、ジャイアンツ戦での反省をしっかり生かすことができました。先発としてしっかり長いイニングを投げられて、仕事はできたのかな、と」

 まだ勝ち星は得られていないが、3戦目のピッチングにはたしかな手ごたえがあった。開幕戦で皮がめくれた指も、手術を受けたヒジも、状態に問題はない。今後に向けての思いをこう語る。

「自分に勝ちがつくのはもちろんいいことですけど、ぼくの今年の目標は規定投球回をクリアすること。そのために、先発として長いイニングを投げることを意識してやっていきたい」

 規定投球回に達したのは、154イニングを投げたプロ1年目のみ。苦節を経て臨む5年目はまだまだ始まったばかりだ。ルーキーイヤーの活躍を越える余地は十分に残されている。



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写真=横浜DeNAベイスターズ

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