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BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress-

強くなって、帰ってきた――田中健二朗、15年目の充実/BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress-

 


 いまのベイスターズは苦しい状況にある。直近7戦で1勝6敗。コロナで陽性判定を受けて戦線離脱した選手たちの多くが一軍に帰ってきたとはいえ、チームは勢いに乗れていない。

 最後に勝ったのは4月26日のジャイアンツ戦だ。試合が終盤に差しかかるところで、痺れるシチュエーションが発生した。

 7回表、1点差を追いかけるジャイアンツは先頭打者が二塁打で出塁。その後2アウト三塁となり、打席には岡本和真が入った。

 この回のマウンドを託されていたのは、田中健二朗。2球続けてストレートがコースを外れ、少しだけ迷った。

「どっちだ――?」

 勝負を避け、次打者と仕切り直す選択肢はあった。だが、捕手の嶺井博希のサインを見て理解する。

「カーブの要求。それを見て『勝負だな』と。(打者を)いちばん近くで見ているキャッチャーが勝負するつもりでいるのに、ぼくが逃げてたらダメ。何が何でもベース板の上に投げて(凡打を)打たせよう、と」

 腹を決めたバッテリーは、強打の4番を打ち取るべく全神経を集中させた。


那覇で実現した中田翔との対戦。


 今シーズンの田中は好調だ。10試合に投げ、1勝0敗3ホールド、防御率は0.90。その要因を、こう語る。

「元気だってことと、あとはまっすぐがいいので。バッターのほうも、(ストレートが)いいと思ってくれている。だから、変化球がより効いているのかなと思います」

 直球の強さは、2019年夏に受けたトミー・ジョン手術の副産物だ。「靭帯が強くなって、しっかり腕も振れるようになった」と田中は言う。

 リハビリを経て、一軍の舞台に帰ってきたのは昨年9月。復帰2シーズン目の今年、まだ序盤ながら、進化した左腕は印象的な投球を見せてきた。

 たとえば、4月12・13日に那覇で行われたジャイアンツ戦。2試合続けて、同じ“89年世代”の中田翔との対戦が実現した。

 15年前の2007年、高校3年生だった2人は甲子園で戦った。センバツの準々決勝、常葉菊川と大阪桐蔭の一戦。田中の記憶はおぼろげだ。

「どんな気持ちで投げていたのかはあんまり……。ただ、向こうはスーパースターだったので。絶対に抑えてやろうと思っていました」

 高校1年生のころから大きな注目を集めていた中田に対し、田中は一歩も引こうとしなかった。次から次に内角に投げ込んだ。無安打に封じ、試合にも勝った常葉菊川は、この大会で初の全国制覇を成し遂げることになる。

 時は移り、プロの舞台で久々に相まみえた。セ・リーグの選手どうしという立場での対戦は初めて。「意識しないことはないですよね」と、田中は笑う。

 結果は2打席ともに空振りの三振を奪った。2戦目はベイスターズ1点ビハインドの6回。バットが空を切るのを見届け、ガッツポーズを繰り出した。

「そういったこと(相手が中田だったこと)よりも、1点差のゲームをなんとかものにしたいという気持ちでした。それに、あのときはコロナで主力が抜けて、代わりに若い選手が多く一軍に上がってきていた。奮起してもらいたい思いで、ガッツポーズが出たんです」


分岐点となった2014年。


 同19日のタイガース戦では4年ぶりに勝ち投手となった。同点の5回に登板して無失点に抑えると、その直後、チームが勝ち越したのだ。

 試合後、横浜スタジアムでヒーローインタビューを受けた。「しゃべるのは苦手。投げるより緊張しますよね」と苦笑交じりに振り返る。

 その横には、藤田一也が立っていた。田中が入団した2008年から、藤田がトレードにより移籍する2012年途中まで、チームメイトとしてともに戦った。いま、こうして再び同じユニフォームを着られていることを、田中は喜ぶ。

「当時は、藤田さんは一軍で、ぼくは一軍とファームを行ったり来たり。だから、そこまで多くいっしょに過ごしてはいないですけど、藤田さんからいろいろと話しかけてもらった記憶があります。ファームの試合で仙台に行ったときも、ぼくのことを気にかけてくれていました。チームに戻ってくると知ったときはめちゃくちゃうれしかった」

 藤田がイーグルスへと移籍したのちも、田中の立場は不安定だった。入団6年目にあたる2013年の選手名鑑には、「球威不足でチャンスをつかめず。センバツV腕も生き残りへ正念場」と記されている。

 そして2014年、田中のキャリアを左右する出来事が起きる。

「5月か6月、ファームの試合で中継ぎとして1イニング投げたときに、めちゃくちゃ失点して。たしか9点ぐらい取られたのかな。何やってんだろうと思ったし、何がしたいかもわからないし、どうなっていきたいというプランも何も見えなくて……。なあなあになってしまったところがあった」

 気持ちの張りを失った25歳の田中は、ファームの投手コーチだった木塚敦志にSOSを出した。

「3カ月間、ずっとつきっきりで個別練習に付き合っていただきました。そこで『これだ!』というものが見つかったんです」


いま、いちばん自信がある変化球は――。


 試行錯誤を繰り返した結果、指にかかった強いストレートを投げられるようになった。それ以前の田中は、「打たれないように、かわしながら」の投球でしのいでいたが、木塚との特訓以降は強いストレートを軸にした投球ができるようになった。同年9月に一軍に昇格。中継ぎで好投を続け、「これなら勝負できる」と確信を深める。

 このときから、中継ぎ一本で勝負すると決めた。

 2015年は35試合、2016年は61試合、2017年は60試合。登板数が表すようにブルペンの柱となり、CSや日本シリーズという大舞台も経験した。

 だが、知らぬ間にヒジが悲鳴をあげていた。靭帯が伸び、痛みも出て、強い球を投げられなくなった。

 2019年8月、29歳のときにトミー・ジョン手術を受けた。長期間の離脱は避けられず、戦力外の可能性も頭をよぎったが、「また全力でボールを投げたい」との思いで決断に踏み切った。

 一軍のマウンドで投げられるまで2年かかったが、帰ってきた田中は手術の意味を十分に感じさせる投球を見せる。

 ファームで滅多打ちに遭ったころの弱気は、木塚の密着指導で強いハートに生まれ変わった。

 長年にわたり酷使されてきた左ヒジの靭帯も、新たな“相棒”に入れ替わった。

 プロの世界に入って15年目。強い気持ちと強い靭帯の両方を手に入れた田中は、いま最も充実した季節を迎えているのかもしれない。

 術前の感覚との違いに悩んでいたカーブについても、「だいぶ戻ってきた。いちばん自信がある変化球」と言い切る。


仲間のプレーに報いるために。


 2022年4月26日、ジャイアンツ戦――。

 5-4と1点リードの7回に登板した田中は、先頭の吉川尚輝にストレートを痛打された。中堅手の桑原将志が打球に飛びついたが、ボールはグラブからこぼれ、二塁打となった。

 この場面を、田中はこう振り返る。

「クワがあそこまで体を張ってくれた。グラブに当てながらも捕れなくて、クワも悔しいだろうなって。そこでぼくがゼロに抑えることで、クワもちょっとは報われるというか。捕りに行ってよかったと思ってもらえるんじゃないか、と。あれでがんばれた、というところはありますね」

 ノーアウト二塁。点差を守り抜くことだけではなく、仲間の懸命なプレーに報いることが左腕の使命となった。

 坂本勇人ポランコと続く好打者を内野ゴロに打ち取り、2アウト。残すは岡本との対決だ。

 ボールが先行したが、最大の武器であるカーブ2球で追い込んだ。さらに丹念にコースを突いて、フルカウントからの7球目。投じたのは、これまで見せていないフォークだった。

「ぼくも、勝負するならフォークだろうなと思っていました。見逃されてフォアボールになってもしょうがないと割り切って投げた」

 外角低めにコントロールされた一球に、岡本は反応した。バットに当てるのがやっとの、サードゴロ。危機を切り抜けた田中は、グラブをはたいて喜びをあらわにした。

 フォークもまた、田中の持つ強力な武器の一つとなっている。開幕前は「全然ダメ」だったが、3月26日のカープ戦で末包昇大から空振り三振を奪ったとき「何かをつかんだ」という。

 直球、カーブ、フォークと、いまの田中の状態には好材料が多い。そうしたなかで今後の課題となるのは、疲れとの戦いだ。

「登板がかさむにつれて疲労は避けられない。そうなったときに自分のパフォーマンスが出せるのか、という点に関しては不安はあります」

 体の状態に耳を傾けながら、まだまだ続くシーズンを歩んでいくことになる。

 チームは厳しい状況に置かれているが、経験豊富な32歳は落ち着いて話す。

「まだ開幕して1カ月ぐらいですし、そこまで負けが込んでいるわけでもない。しっかり食らいついていけば、十分にチャンスはあります。個人的な目標は何もありません。ただ、チームが上に行けるように、優勝できるようにしたい。背中を押してくれるファンの皆さんのためにも、期待に応えられるようにがんばっていきます」

 悲願の優勝へ。窮地から復活した田中の存在は、いまや欠かすことのできないピースだ。



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写真=横浜DeNAベイスターズ

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