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BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress-

忘れられないこどもの日――入江大生、2年目につかんだ初勝利/BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress-

 


 入団して間もないころ、湯けむり越しに会話は弾んだ。

 2人の共通点は多い。山あいの町で生まれた、陽気な少年。野球に夢中だった。すくすくと大きく育ち、大学3年時には揃って侍ジャパン大学代表の候補に。そして翌年のドラフト会議でベイスターズから指名を受けた。

 入江大生は1位で、牧秀悟は2位で名前を呼ばれた。似た者どうし、すぐに打ち解け、常に行動をともにした。

 青星寮の風呂場に、どちらからともなく発した声が響いた。

「いっしょにお立ち台に立てたらよくね?」
 入江が振り返る。

「普通の会話の中で出てきた言葉。ほんと、軽く話していたんですけど、でもその中に“本気”な感じもありましたね。お互いに」

 プロ生活が2年目に入った今年5月5日、そのときが訪れた。

 ドラゴンズを相手に10-2と快勝。先制の3ランを放つなど2安打4打点の活躍を見せた牧と、7回からの2イニングを無失点で抑えて初勝利を挙げた入江がヒーローインタビューに呼ばれた。星がちりばめられたキャップをかぶった2人は笑顔だった。

 入江は言う。

「いろんな人に教えてもらったり、支えられて、勝てた。勝たせてもらった1勝なので。先発で何も苦労せずに勝っていたらって考えると、ちょっと怖い。それくらい価値のある1勝でした」


簡単ではなかった、手術の決断。


 ルーキーだった昨シーズン、開幕までは順調だった。一軍でキャンプを過ごし、先発ローテーションの一角に加えられた。だが、勝てなかった。

 4試合に登板して4敗、防御率は7.85。右腕が述懐する。

「チームがなかなか勝てずにいたこともあって、なんとか勝ってやろう、と。その気持ちが空回りしていました。自分が持っているもの以上のものを出そうとしてしまい、うまく歯車が噛み合わなかった」

 ファームに降格して再調整することになった。右ヒジに違和感も出ていた。

 ノースロー期間を設けるなどして回復を試みたが、万全な状態には戻らない。8月になって、関節の間に入り込んでいた軟骨片を除去するクリーニング手術を受けることを決断した。

「アマチュア時代は大きなケガなくやってこられたので、ケガにちょっと鈍感だった」と入江は言う。3戦目あたりから異状を感じていながら、「でも大丈夫だろう」とやり過ごしていた。

 再び一軍に戻って戦力にならなければ、との思いも強く、手術を受けることを「簡単には決められなかった」。いまと未来を天秤にかけ、最終的には手術に踏み切った。

 大卒のドラ1。周囲が即戦力と期待するなか、投げることさえできなくなった入江の気持ちはしぼんだ。一軍の試合を見ながら、己の情けなさを感じずにはいられなかった。

 視線の先では同期入団の牧が奮闘していた。正反対の感情が同時に芽ばえた。

「頼もしいし、すごいなって気持ちでしたね……表では。その裏で、やっぱり悔しい気持ちがありました」


“スナイパー”のような中継ぎに。


 日を重ねるにつれて、入江の感情はポジティブに転じていく。「ケガが治ったらいっしょにがんばろうな」。そんな牧の言葉も力になった。

 今年のキャンプインを迎えるころには、ヒジの状態は100%近くまで回復していた。キャンプはファームでスタートする予定だったが、一部の選手にコロナの陽性判定が出たことを受けて、直前に一軍メンバー入り。このチャンスを入江は生かした。

「まだ球数制限があったなかでしたけど、投げずとも、いろいろな先輩方の球やキャンプの過ごし方を見ることができた。その点ではかなりラッキーだったと思います。2年目で環境に慣れてきたこともあって、先輩がどういう調整をしているのか、投げる前にどういう準備をしているのかをよく観察できました」

 2月27日のオープン戦で復帰登板。三浦大輔監督が「今年はリリーフでいきます」と明かしたのは、その翌日のことだった。

 先発で結果を残せなかったすえのリリーフ転向。本人はどう受け止めたのだろうか。

「入団するときから、先発でも中継ぎでも、自分が必要とされている場面で投げたいと思っていました。だから、中継ぎでと言われても『なんでだよ』という気持ちはまったくなかった。むしろ『ありがとうございます!』って感じでしたね」

 中継ぎという役割をあてがわれた入江がテーマとして設定したのは“スナイパー”。メンタルコーチとしてチームを支える遠藤拓哉と相談して決めたものだ。

 その意味について、こう説明する。

「スナイパーって、誰かを撃つときに一喜一憂しないで、クールに決めるじゃないですか。ぼくもそんな気持ちで投げようと思ったんです。アマチュア時代は『うりゃー!』って感じで投げていて、メンタルが激しく動いていた。でも、中継ぎとなれば毎日投げる可能性もあるので、気持ちの波をつくらないことが大事。ヒットを打たれたからダメ、抑えたからいいとかじゃなくて、1イニングをしっかり抑えられたときに『ふー』と安堵するぐらいの気持ちで投げようと心がけています」


平均150km超えの直球が「いちばんの武器」。


 今シーズンは開幕から9試合に投げて、防御率は5.84。その中で最も厳しいマウンドとなったのが、4月12日のジャイアンツ戦だ。

 被安打5、失点4。1イニングを終えるのに30球を要した。「ストレートがシュート回転で中に入ってしまう」悪癖が出た。

 その後、木塚敦志投手コーチとともに技術的な点の改善に取り組むとともに、自身の投球を見つめ直した。意識的にインコースを使うようにし、変化球の球種を絞り込んで「ショートイニングで本当に使える勝負球」だけを投げることにした。

 次回登板以降、4戦7イニング連続で無失点。“スナイパー”は淡々と話す。
「手ごたえはなくはない。かといって、めちゃくちゃ自信満々なわけでもないです。一日一日、出た課題を見つけて、つぶして。その作業を毎日している感じですね」

 5月5日のドラゴンズ戦は、7-1と6点リードの7回に登板した。久々の勝ち試合でのマウンドに「いつも以上に気合いが入っていた」。

 先頭打者に内野安打を許したものの、その後は3者三振。8回も投げ、三者凡退に抑えた。直球はすべて150km台をマークした。

「ストレートがいちばんの武器だと思っていますし、手ごたえはありました。数字がすべてではないですけど、平均球速が150kmを超えているのはそれだけ再現性があるということなので、その点はすごくよかった」

 昨シーズンの入江大生が投げていたボールとは違う? そんな質問に対し、23歳は「まったく違うと思います」と明言した。

 変わった要因の一つとして挙げるのは、先輩の教え。今シーズンの、ある金曜日。試合を終えたあと、三嶋一輝に体の使い方について教わった。

「ナイター終わりで、次の日はデーゲームでした。本当に時間がないなかで、三嶋さんが30〜40分くらい教えてくれたんです。投げるときの体の使い方に関してはそこまで深く考えていなかったんですけど、教えていただいたことを意識しだしてから、体を柔らかく使えるようになってきました」


ウイニングボールを渡す相手は――。


 入江が先発で投げていたとき、牧はよく打っていた。だが、勝ちは遠く、お立ち台の約束を果たせなかった。

 2年目になり、ようやく2人の活躍が重なる日が訪れた。忘れられないこどもの日になるだろう。

 入江は手にしたウイニングボールを誰に渡すか、決めている。自身をいまの場所に導き入れてくれた、担当スカウトの八馬幹典だ。

「いい結果も、悪い結果も、プロの世界に入らないと経験できない。ぼくを見てくださった八馬さんにウイニングボールをあげたいな、と入団当初からずっと思っていました。電話をしてそのことを伝えたら、驚いた声とうれしそうな声と、どっちも聞けてよかった」

 ただ、この1勝はあくまでスタートラインだ。さらなる活躍を見せることが、自身を支えてくれた人たちへの恩返しになる。

「野球選手として、見ていてワクワクしてもらえるような選手になりたいなと思いますね。『入江きた、よし応援するぞ』って言ってもらえるような選手を目指して、少しずつ前進していきたいなと思います」

 悔しさに満ちた1年目を乗り越え、弾丸のようなストレートでファンの心を撃ち抜く。



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写真=横浜DeNAベイスターズ

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