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BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress-

危機感が左腕を変えた――濱口遥大、足枷を外して/BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress-

 


 最後の一球を投げ終えて、気迫はついに声に出た。

 8月31日、ドラゴンズ戦の7回表。ベイスターズ先発、濱口遥大が109球目に投じたフォークは縦にストンと落ちる。体ごと回転するように空振り三振を喫した打者を見つめながら、左腕は何ごとかを短く叫んでマウンドから歩み下りた。

 序盤に2点を失うも、4回以降は無失点。6回裏に味方打線が勝ち越し点を挙げ、直後のイニングを三者凡退に抑えた。3-2のスコアはそのまま動かず、濱口は今シーズンの7勝目、チームは球団史上2位の記録に並ぶ月間18勝目を手にした。

「手ごたえはありましたね。でも、ほんとにもったいなかったなという思いも強かった。あれ(序盤の失点)さえなければ、最後まで行けるかもっていうくらいの感覚だったので」

 そう悔しさをにじませつつも、濱口の表情は明るい。


「いろんなことを考えるのをやめた」


 入団6年目となる今年は開幕6戦目、3月31日のドラゴンズ戦の先発を託され、8回無失点で勝利投手になった。

 ところが4月、新型コロナウィルス陽性の判定が出る。2度目の先発登板は5月下旬までずれ込むことになった。

 復帰後、日本生命セ・パ交流戦で3試合に投げて、1勝1敗。「勝ちがついたりはしたけど、自分の中では、あまりいいピッチングではないな、と」。その感覚はリーグ戦再開後の2試合でいっきに膨らんだ。

 6月18日のタイガース戦、同25日のカープ戦。濱口はいずれも5回を投げ終えることなく降板したのだ。負けを重ねて、危機感は募った。

「あ、ちょっとヤバいなって。変えていかないといけない、そう思いました」

 本人いわく、ここから「結構ガラッと変えた」。第一に挙げるのは、頭の部分だ。

「まず、いろんなことを考えるのをやめました。ミーティングを重ねて対策を練ったり、これまでの自分の経験があったり、その時々の相手打線の調子だったり。考える要素っていろいろありますけど、そこばっかりに神経を使っちゃうのはもったいないなと感じたんです」

 濱口は続ける。

「たとえば『先頭打者を出塁させるのは絶対によくない』とか、『味方が点を取った次のイニングは気をつけなきゃいけない』とか、流れを持ってくるための要素としてよく言われますよね。だけど、ぼくの場合はそこに気をつければ気をつけるほど、それが自分のブレーキになってしまっていた。自分のボールを投げられていないのにそこばっかりに気を使っているようでは、そもそも土俵に立ててないよねって。そういう意味で、いろいろなことを考えるのをやめて、マウンドの上ではできるだけ無心でいるように、マインドを切り替えました」


「真上から」のこだわりを捨てて。


 変更点の2つ目は投球フォームだ。これも、固定観念を捨て去ることが出発点となった。

「自分の強みは何か、自分はどういうピッチャーか。ぼくの場合は、奥行き(直球とチェンジアップの球速差)で勝負するタイプだという考えがありました。だから、ストレートの軸、縦回転をしっかりかけることにこだわっていた。自分で『こうあらねばならない』みたいなものがあったんです」

 しかし、結果がついてこなくなった以上、これまでの型を取っ払うべきだと決断した。

 経緯はこうだ。

 7月2日のスワローズ戦の3日前。いつものようにブルペンに入ったが、「全然よくなくて」。これでは先発の役目を果たせず終わった過去の登板と同じになる。翌日、腕を真上から振り下ろすフォームへのこだわりを捨て、「腕をちょっと下げ気味にする意識で」キャッチボールを行った。
 濱口は言う。

「球の軌道はそんなに変わらなかったんです。腕がすごく振れる感じもあった。このぐらい(の腕の角度)でも投げられるんだ、自分が投げたいボールとの差もそんなにないんだと感じました。その感覚のまま試合に臨んだら、初回から指にかかったボールが投げられたし、スピードも今年いちばんくらい出ていました。これで形になるんだという感覚をそのときにつかめた」

 スワローズ戦では7回2/3を投げ、1失点。チームはサヨナラで敗れたものの、濱口自身にとっては収穫の多い一戦となった。


なぜ四球数は激減したのか。


 これを境に投球の質が一変したことは四球数を見れば明らかだ。

 5月26日から6月25日までの5試合(投球イニング数は25回1/3)で与えた四球は「19」。コロナからの復帰初戦となったホークス戦では7四球を記録した。

 一方、7月2日から8月31日までの9試合(同59回1/3)で与えた四球は、わずか「10」にとどまっている。四球を4つ与えた試合が1度だけあったが、それ以外は「0」か「1」。制球を乱し、そこから崩れがちだった以前とは比べようもないほどの安定感を見せている。

「それは自分でもすごく感じている部分ではあります。カウントが苦しくなっても、意外と立て直せることがだいぶ増えてきました。前までの考え方だと、『フォアボールはよくない』というのがすごくプレッシャーで、“枷”となって、結局自分のボールで勝負できないことがあった。いまは、ストライクゾーンの中で勝負しに行って、ヒットならOK、フォアボールになったら仕方がない。それくらいのゆとりを持てるようになりました」

 7月2日以降の9試合のうちクオリティスタート達成が8試合と、好投が続いていることもメンタルに安定をもたらしていると話す。

 この間、濱口の登板時に決まってマスクを被ってきたのが戸柱恭孝だ。2人のコンビネーションについて、濱口は言う。

「長く組めば組むほど、自分の特徴やボールの軌道、日によっての違いを感じ取ってもらいやすいというのがいちばん大きいですね。試合3日前のブルペン、当日のゲーム直前のブルペンでもよく受けに来てもらっていますし、『今日はスライダーがよくないからカーブを使ってみよう』だとか、そういうコミュニケーションが取りやすい。あの(7月2日の)スワローズ戦の直前のブルペンでも、まっすぐが強くなっているという話をしてもらい、それもあって初回からまっすぐ多めで攻めていけました」


悔やむ濱口に齋藤隆コーチがかけた言葉。


 8月31日のドラゴンズ戦は、「ここ最近の中では調子がよかったほう」。初回を無失点に抑え、波に乗っていけそうな感触があった。

 2回の先頭打者、阿部寿樹をわずか2球で追い込み、テンポが上がる。そこにスキが生まれた。

「漠然と投げてしまった球が、完全な失投になった」

 浮いたフォークを左翼席に運ばれ、先制を許す。同点に追いついて迎えた3回にも、この回の先頭、投手の勝野昌慶に二塁打を打たれたことが失点につながった。

「2ストライクまで追い込んで、これでアウトを取れるなと……。2点とも防げる失点だったし、防がないといけない失点でした。調子のいいときほど、大事にいかないと。シーズン終盤に差し掛かってきて、今後は絶対にやっちゃいけないミス」

 試合後、齋藤隆チーフ投手コーチと投球を振り返るなかでも、濱口はやはり点の取られ方を悔やんだ。だが、そんな濱口に対して、齋藤はこう声をかけた。

「いや、それでもあそこから立ち直って、7回まで投げたんだ。そこはすばらしいことだと思う。よかったところは前向きに、次につなげていこうよ」

 いまの好調さがいつまでも続くわけではないだろう。苦しい状況に立たされたとき、齋藤の言葉はまた効いてくるはずだと濱口は思う。

「負けが続けば、次に向けての気持ちの切り替え方が大事になってきます。これまでは反省ばかりが先に頭に浮かんできたけど、よかったところにもちゃんと目を向けられるようにしたい。だんだんとキャリアを重ねてきたなかで、いいこと、悪いことを自分なりに消化できるようになってきたと感じていますし、その切り替えができれば、そこまで深い穴にハマるようなことはないんじゃないかなって」


勝負が懸かる連戦へ、濱口の思い。


 翌日、9月1日のウォーミングアップ前、選手たちに集合がかけられた。キャプテンの佐野恵太が前に立ち、こう話した。

「これから本当に厳しい1カ月になりますけど、いま、すごく野球が楽しいし、絶対に勝ちたいです。とにかくがんばりましょう!」

 濱口は言う。
「みんなもすごく気合いが入っていました。広島での試合ではそれを形にすることができなかったけど、全然まだまだ、気持ちが落ちていることはありません」

 そして、残り1カ月に対する思いを口にする。

「勝ちたいです。本当に優勝したい。シーズンの序盤のことを考えれば、去年の同じ時期のことを考えれば、いま、この位置にいられるのは幸せなこと。だけど、それだけでは終わりたくないんです。自分たちが勝ちさえすればチャンスはある。残り少ないですけど、自分が投げる試合を一つも落としたくないですね。週が変わって、いよいよ連戦が始まるところで勝ち切れれば、また勢いは自然と生まれてくると思います。今永(昇太)さんがつくる流れをぼくが途切れさせないように、もっともっと勝っていきたい」

 先発の登板機会は片手で数えられる程度だろう。ルーキーイヤー以来となる2ケタ勝利も射程圏内だ。

 それでも気負わず、淡々と、チームのためだけに27歳は腕を振る。



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写真=横浜DeNAベイスターズ

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