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岩田稔『消えそうで消えないペン』

“戦力外”におびえたあの日、元阪神・岩田稔が前を向けたワケ<連載第1回>

 

猛虎一筋16年、2021年シーズンをもって引退した岩田稔(現阪神CA、株式会社 Family Design M代表取締役社長)のあがき抜いた最後の数年。戦力外通告を受け止め、セカンドキャリアを見つけるまでの葛藤と信念とは。引退後初の自著『消えそうで消えないペン 1型糖尿病と共に生き、投げ切ったからこそ伝えたいこと』(ベースボール・マガジン社刊)より一部抜粋してご紹介する(全6回の1回目)。

切羽詰まりすぎていたあの時期


岩田稔の引退後初の自著『消えそうで消えないペン』


 今なら笑って振り返ることもできますが、2017年当時の僕は傍目にはちょっと病んでいるように映ったかもしれません。

 体のどこかが痛いわけではない。むしろ状態には自信すらある。それでも一軍昇格が叶わない。二軍でそこそこのピッチングを披露しても、昇格候補の優先順位は若い投手のほうが高いまま。
 
 今まで経験したことがない状況に陥ったあの頃、僕は厄除けや縁切りで知られる場所にも何度か足を運んでいます。わらにもすがる思いで「苦悩」と縁を切ろうとしたのです。

 もともと厄除けや厄払いで有名なお寺、兵庫県西宮市内にある「門戸厄神東光寺」には毎年のように行っていました。ただ、この頃は門戸厄神だけに飽き足らず、京都最強の縁切り神社と称される「安井金比羅宮」、悪縁を絶つ寺と聞いた大阪の「鎌八幡」にも顔を出すようになっていました。

 自分にできることならなんでもしようと躍起になるぐらい、「このままでは戦力外通告を受けるのでは」と危機感を持っていたのです。

 もちろん、周りは僕よりも冷静でした。

「まだクビになるはずがないから、焦らないほうがいい」

 各方面から慰めてもらいましたが、それでも心は落ち着きません。

「いやいや、1年ダメだったら終わる世界ですから」

 切羽詰まりすぎていたあの時期、もし家族の存在がなかったらと想像するとゾッとします。

「もうトラッキー人形は増えないの?」とイジられる父ちゃん


 二軍生活が続いていた頃、家族は悩める「父ちゃん」をいつだって明るく笑い飛ばして、いろいろなところに引っ張り出してくれました。

 午後2時頃から練習が始まる一軍と違って、二軍の練習は、基本的に午前9時頃から昼過ぎまで。デーゲームでの登板がなければ、子供たちが小学校から帰る時間帯に帰宅できます。
 
 小学生低学年用のC級ボールを使って子供3人と中継プレーを楽しんだり、休日には運動会に顔を出したり、水族館やトウモロコシ狩りに出かけたり……。父親ならどこの家庭でも同じだと思いますが、子供の笑顔を見るたびに元気が湧いてきたものです。

 本当に我が家は底抜けに明るい家族です。ある日なんかは、まだ小学生低学年だった長女から手痛い質問を食らったことさえありました。

「父ちゃん、もうトラッキー人形は増えないの?」

 ギクリとする父親を尻目に、長女は無邪気に大笑いです。
 
 阪神の選手は甲子園でお立ち台に上がると、トラッキー人形をプレゼントしてもらえます。我が家では当時いただいたトラッキー人形を自宅のソファに並べて飾っていたのですが、子供たちは「最近トラッキーが増えていない」という悲しい事実さえも、楽しくネタにしてくれたのです。

「そっか、父ちゃんは今二軍か。でも大丈夫! きっとまた勝てるよ!」

「そっ……そやな……。頑張るわ!」

 家族や周囲の支えがなければ、僕の心はもっと早い段階で限界を迎えていたような気がします。

写真=BBM
©阪神タイガース

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