猛虎一筋16年、2021年シーズンをもって引退した岩田稔(現阪神CA、株式会社 Family Design M代表取締役社長)のあがき抜いた最後の数年。戦力外通告を受け止め、セカンドキャリアを見つけるまでの葛藤と信念とは。引退後初の自著『消えそうで消えないペン 1型糖尿病と共に生き、投げ切ったからこそ伝えたいこと』(ベースボール・マガジン社刊)より一部抜粋してご紹介する(全6回の5回目)。 夢に向かって会社を設立
引退後に会社を立ち上げ第二の人生を行く岩田氏
2022年1月14日。僕は満を持して会社を立ち上げました。個人事務所の代表取締役社長に就任しました。
実は現役引退後の会社設立に関しては数年前から人知れずプランを練っていました。
引退後はこれまで阪神タイガースにお膳立てしてもらっていた活動も自分で動いていかなければなりません。これから自分のやりたいこと、社会的意義のある活動を具現化していくためには、会社という形が必要だと考えたのです。
もちろん、漠然としたイメージを持っているだけでは事は起こせません。現役引退直後から実際に動き始めたのですが、会社設立という作業はやはり口で言うほど簡単なものではありませんでした。
司法書士の先生を紹介してもらって、ベンチャー企業の立ち上げ方を研究。仲間となってくれた税理士の先生とお金に関する知識も勉強しました。必要書類を取りに行かないといけないので、法務局などの役所にも頻繁に足を運びました。
プロ野球界しか知らない僕は実質、社会人1年目のような立場。慣れない実務の連続に、何度も心が滅入りそうになりました。それでもなんとか会社設立にこぎつけられたのは仲間の支え、そして確固たる信念があったからです。
僕はお金儲けにそこまで執着がありません。
もちろん家族を養っていくため、夢を実現させるためのお金は必要です。ただ、豪華な暮らしをするためだけに目の色を変えて右往左往するケースはあまりなかった記憶があります。そんなスタイルは今も昔もずっと変わっていません。
「なぜプロ野球選手になろうと思ったのですか」とプレーヤーに尋ねれば、いろいろな答えが返ってくると思います。「野球が好きだから」「一番になりたかったから」……。そんなピュアな夢と同じぐらい、「お金をいっぱい稼ぎたい」という現実的な目標を胸に戦っている選手も少なくないはずです。仕事を頑張って1円でも多く稼ぎたい。それは当たり前のことです。
大切にしていきたい多種多様な方々との縁
何を隠そう僕だって「お金持ちになりたい」という気持ちがゼロだったわけではありません。でも、それ以上に「1型糖尿病患者の希望の星になりたい」という目標のほうがプロ入り当初から圧倒的に勝っていました。きれい事ばかり言うつもりはありませんが、これは本当の話です。
それは1型糖尿病を発症して「死」を意識した高校2年の冬、たとえお金があってもどうにもならないことがある、という現実を早くも知ってしまったからかもしれません。
そんな僕ですから今回も当然、お金持ちになりたくて会社を立ち上げたわけではありません。1型糖尿病の啓発活動を加速させたい――。人生を懸けた大目標を持っているから、大概の困難であれば乗り越えようと心を震い立たせることができるのだと思います。
現役時代から1型糖尿病に関する活動は岩田稔の一部でした。そこまで大した選手でなくても、会うだけで喜んでくれる子供たちがいました。せっかく1型糖尿病患者のアイコンに近い存在になれてきているというのに、引退したからさようなら、という形で終わってしまうのはあまりに寂しいですからね。
ちなみに、立ち上げた会社の名前は「株式会社 Family Design M」としました。ファミリーの意味は今更説明するまでもないかもしれませんね。僕が勝手に「ビッグファミリー」だと考えさせてもらっている阪神ファンの皆さんや1型糖尿病を抱える仲間たち、常日頃から支えてくれる同志たちとこれからも一緒に歩んでいきたい。そんな思いを込めました。そのうえで皆さんと共に未来を変えるために自分が動く、デザインしていくという意味で「Family Design」。「M」は稔の頭文字です。
名刺には会社名の後ろに「21‘S」とも記させてもらっています。「21」はもちろん現役時代の背番号。「S」は「1型糖尿病の希望の星に」という初心を今後も忘れないために「Star of hope」からチョイスしました。
会社のロゴはビッグファミリーの皆さんと一緒に決めました。いろいろな情報を発信していきたくて引退後にツイッターを始めていたのですが、このツイッター内で候補3つの中から意見を公募させてもらったのです。多くの反応をいただいた結果、最終的には星を中心に、カラフルな色が常に動いているイメージのロゴを選ばせてもらいました。
多種多様な方々との縁を大切にしていきたい。ロゴにも込めた願いを実現していくためにも、これからはビッグファミリーをどんどん巻き込んでいきたいと思っています。皆さん、どうぞよろしくお願いします。
写真=BBM ©阪神タイガース 『消えそうで消えないペン』販売はコチラから