週刊ベースボールONLINE

幸せな虎、そらそうよ

2023年、四番を任せた理由 岡田彰布監督は大山悠輔の何に「おおっ」と思ったのか

 

38年ぶりの日本一を達成した、阪神タイガース岡田彰布監督。しっかりと一人ひとりの個性を見極め、適材適所の役割を見出す手腕が注目された。それは「四番」を大山悠輔に任せた理由にも現れていた。岡田監督が見ていた四番・大山の姿とは? 23年12月12日に発売後、即重版が決まった岡田監督の自著『幸せな虎、そらそうよ』(ベースボール・マガジン社刊)より抜粋、編集してご紹介しよう。

オレは「四番が軸」説を曲げない


たちまち重版が決まった岡田監督の自著『幸せな虎、そらそうよ』


 打線の軸。これは「四番」だと、オレは決めている。昨今のプロ野球界には、いろいろな説が登場する。例えば一時はやった二番最強説だったり、三番最強説だったり……。オレはどんなことがあっても「四番が軸」説を曲げない。

 1985年の日本一シーズンは掛布雅之さんが四番でドシッと構えていた。その前のバースがいくら打っても、後ろを打つオレがどれだけ調子よくても、時の監督、吉田義男さんは「四番・掛布」を貫いた。

 2003年の優勝時、監督の星野仙一さんは三番・金本知憲を動かさず、四番は流動的な打順にして臨んだ。そのあとを受けて監督になったオレは2004年から、自分流を掲げた。それが四番・金本。監督就任からすぐ、オレには決めなければならないことがあった。打線の軸、四番をどうするか。言ってみれば、これを決めるのが監督の初仕事やった。

 そのとき早々と金本に会い、そしてこう告げた。「四番を任せた。全部ホームランを狙え!」。無茶な要求だったが、四番は少々わがままでもいい。ホームラン一発でチームを勝たせる。打てなければチームが負ける。勝敗をすべて背負っているのが四番。それを金本に求めた。

 シーズンに入り、試合前の監督の仕事はメンバー表に先発を書き込むこと。オレはまず四番・金本から記すようになった。だって迷うことがないからよ。ほかの打順は相手投手との兼ね合い、それに調子に応じて変えることもあるけど、四番だけは替えはいない。軸が決まる。これほど監督にとって楽なことはない。

大山の周りには自然に人が集まるんよな


 さて2023年シーズン、四番はどうする? とオレは考えた。当初、オレの頭の中、大部分を占めていたのは佐藤輝明やった。遠くに飛ばす能力は間違いない。あとは細かいところを修正していけば、十分に四番を託せる。そう考えていたら、おおっと思うことがあった。それが大山悠輔の存在やった。

 春の沖縄キャンプ。オレはまず「見る」ことに終始した。選手の動き、能力。見ることによって、先入観は取れ、意外な面を発見することができる。見れば、大山の周りには自然に人が集まるんよな。佐藤輝はまだ3年目。そこまで求めるのは酷やし、大山には同僚や後輩が集まる要素があるというのが分かった。

大山に全力疾走の禁止を伝えたら守らなかった


 とにかく真面目な選手よ。練習に取り組む姿勢というのかな。手を抜かないし、常に全力で向かっていた。ゲームでも絶対に一塁に全力疾走よ。これにオレはストップをかけた。評論家時代から大山と接したとき、「もう全力疾走せんでええよ」と伝えていた。クリーンアップを打つのだから、もっと堂々として、凡打なら、それなりの風情で済ませばいいのに、大山は違った。それでケガでもしたら……と余計な心配をしてしまうほどやった。

 監督に戻ってきて、大山には改めて全力疾走の禁止を伝えたら、それを守らなかった。キャンプ、オープン戦でもいつも通り。これ大山のプレースタイルなんや、とオレも納得するしかなかった。

 四番とは、みんなが認めるバッター。これが四番の条件よ。「なんでアイツが?」「アイツの四番は無理がある」なんて声が出るような選手に四番は務まらないし、任せられない。そうよ、だれからも認められるバッター。それが四番だから、オレはここで決めたわけよ。

 四番・大山。これをシーズンで貫く。そういう意味でオレは相当頑固かもしれない。これと決めたら最後まで。そらケガしたりしたら別やけど、それ以外は大山の四番は揺るがないものとなった。

あの涙は四番の涙


 そら阪神の四番は重圧がすごいよ。オレも打ったことがあるけど、結果を出せば大ヒーロー、悪ければ戦犯。マスコミの論調もえげつなかったわ。ここまでたたかなくても……というほどケチョンケチョンやし、ジェットコースターのような扱われ方よ。過去の田淵幸一さん、掛布さんが嫌というほど経験してきたことに、大山は耐えてくれるのか? 

 まず結論を書く。見事に四番を守り切り、本当に軸としての存在感を示してくれた。日々、本物の四番らしさが漂うようになった。打ち損じても、相変わらず全力疾走を続け、ベンチに引き揚げる際も、前を向いて堂々としていた。

 数字的に特筆するべきものはない。でも四番として胸を張れるのが四球の多さ。リーグトップの四球(99)を得たことこそ、大山の進化と言える。そら四番だって人間よ。打席に立てば、打ちたい、打ちたいの心であふれている。以前なら少々のボール球に対し、強引に打って出ていたのが、グッと抑えることができるようになった。ボール球に手を出して、自分の打撃を崩すパターンから、ボール球を見極めることによって、状態は大崩れすることがなくなった。

 さらに四球で出塁することで、チャンスが膨らみ、そら後ろの佐藤輝の打点が増えるのも当然。2023年シーズン、大山は最高出塁率のタイトルを獲ったが、これは我慢を重ねた素晴らしい記録よ。胸を張れ! と言葉を掛けたいよな。

 そういえば9月14日、優勝を決めたあと、大山がこらえていた涙をこぼしていた。あれを見て、ジンときた。四番として耐えていたんだ。弱音を吐かず、いつも前を向いて重責を担ってきた。それが実り、そして解放された。あの涙はまさに四番の涙……。そしてオレは「四番に決めてよかった」としみじみと思っていた。

■書籍『幸せな虎、そらそうよ』ご購入はコチラから!

写真=BBM

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング