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カルチョの国から

「人間じみた浪花節」…今日も世界のどこかで全速力で「人生の旅」を楽しむ男/元オリックス・マエストリ「カルチョの国から」08

 

2012年から2015年までオリックスでプレーしたアレッサンドロ・マエストリ氏。4年間で96試合に登板して14勝を挙げた右腕は、NPB史上初のイタリア人選手としても知られる。同氏は現在、イタリアで野球用品販売店を経営しながら、3月6、7日に京セラドームで侍ジャパンと対戦する欧州選抜の投手コーチを務めた。カルチョの国で生まれた野球を愛する男の特別連載コラム――特別編として通訳を務めた浦口雅広氏がマエストリ氏と過ごした日々を回想する。
文・写真=浦口雅広

栗林公園で見た桜


筆者の浦口氏[右]とマエストリ氏


「帰国前に日本で桜が見たかったなぁ!」

 3月9日の始球式後の球団スタッフさんとの会食からホテルへ帰る車中、彼はポッとそうつぶやいた。

 マエストリは翌日から奥さんの家族や友人に会うため名古屋、東京と移動し、16日までは日本を楽しむ予定。欧州選抜から始球式と、予定していた楽しいイベントはあっという間に過ぎ去って、別れ際には「次はイタリアで会おう!」と固く誓い、しばしの別れとなった。

 欧州選抜対侍ジャパンに関しては「両チームともに投高打低。時期的なこともあるが、われわれの投手は日本の打者相手にやれる自信と今後への希望を持てた」と評価した。イタリアへ先に帰国したマルコ・マッツィエリ監督は、帰るなり「われわれの野球は変革し、生まれ変わる必要がある」と宣言し、FIBS(イタリア野球・ソフトボール連盟)会長に立候補した。彼らの中でもいろいろと考えさせられ、何か変わろうとするきっかけとなった日本遠征だったのかもしれない。

 マエストリ一家を送り届け、1人になった帰宅の途中でハッと思い出したことがあった。桜といえば彼と久々に高松で再会したのも、12年前のこんな時期だった。夕方に合流し食事に行くと、昼間に栗林公園で見た桜がとてもきれいで感動したとうれしそうに語っていたのを思い出し、思わず泣きそうになった。

「命には限りがあるから美しい」

「人生も短いからこそ輝かしい」

「今この瞬間は2度と訪れないから尊い」

 日本人は桜の花びらの美しく短い命を自分の人生に重ね合わせて、一瞬を大切に、貴重な『今』を楽しんでるんじゃないのかな? みたいなことを、カッコつけて適当に話した記憶がある。

「大切なことだね。僕も自分自身を『Viaggiatore=旅人』と表現し、常に新たなことにトライしているよ。今回また新しい旅の貴重な機会を得られた自分は本当にラッキーだと思う!」

 そんなことを言ってたな……と思い出したら自然と涙が……!

誰からも愛されたキャラクター


 始球式後にスタンドで試合観戦をしているとき、横に座られた「ヒゲの通訳」こと、レジェンドの藤田義隆さん(40年で120人の外国人選手を担当! 昨年惜しまれつつご退職)から素晴らしいお話をうかがえた。

「浦口さんね、私は印象に残る選手は? と聞かれたら、それは何人もいるんです。この世界に入って最初に担当した選手とか、うまく通訳できなかった選手とか、逆にとても仲良くなった選手とか、やはり印象深いです。でもね、この仕事をしていて一番楽しかった選手は? と聞かれたら、間髪入れずに『マエストリ!』と答える自信があります! それくらい、彼と一緒の時間は楽しかった! 彼はね、チームメートにもファンにも裏方にも誰に対しても、分け隔てなく同じようにリスペクトをもって接する人。だから私も、ほかの退職した球団OBたちも、うれしくてこうやって彼に会いに戻ってきました!」と。

 始球式前も、一緒に戦った戦友や当時からいるスタッフの皆さんが彼の周りに順に集まり、途絶えることなく昔話に花が咲いた。

「○○さーん! 元気? 娘さんは○歳くらいになった? 元気してる!?」

「○○さーん! 相変わらずからいものばかり食べてないですか!?」

「○○さーん! 連れて行ってもらったラーメン屋、また行きたいなぁ!!」

 名前とエピソードがスラスラ出てくることに、とにかく驚いた! 球場入りしたとき、地下駐車場から一瞬ファンの方と接触するスペースに出るが、そこに来た方ともしっかり時間を作っていた。その様子を少し寒そうにしながら見ていた娘のアジアちゃんに、「彼らはこの寒い中、僕らが来るのをずっと楽しみに待っていてくれたんだよ! 本当にありがたいね!」と笑顔で話していた。ちなみにファンの男性はボロ泣きして喜ばれていた。

 オリックス時代も、群馬時代も、4カ月しかいなかった香川オリーブガイナーズのファンの方が、わざわざ試合に駆けつけて「私たちのアレックス」として彼を応援してくれていたのが印象的。侍ジャパンとの第1戦でマウンドに歩んだときに、「大きな声で名前を呼んでくれたファンがいるんだ! クールな経験だった!」と興奮気味に話すので、「じゃ、明日のホームゲームではチームパーカーを脱いで、ファンの皆さんに『91』をご披露しよう!」と提案すると、「いいね!それ!やってみるよ!」と。

 本当に誰からも愛されたキャラクターだった。本当に誰に対しても愛情とリスペクトをもって接する人だった。

真のエンターテイナー


マエストリ氏のグラブ


 話は変わるが今回久々に球場に行き、球団関係者からいろいろなお話をうかがうことができた。これまでの「B'sガール」ではなく、新たに男性も入った「ダンス&ボーカルユニット」が試合を盛り上げる。ジェンダーフリーが叫ばれる今の時代にあっては、少なからず女性だけのユニット運営に対しネガティブなコメントが入るのだという。今までの英語だけの球団通訳ではなく、ダイバーシティの観点から、新たにスペイン語通訳を配置する必要があるという。

 その通訳といえば、選手や家族の生活のお世話も当然で、これまでは球場と住居の間の車での送り迎えや、休日でも家族・友人の観光案内なんかもやっていたが、昨今は「契約に入ってないから」「事故等、万が一の時の責任問題になるから」と、以前のような「ケースバイケース」で「浪花節」な仕事ではなくなった……という。

 われわれが経験した50年よりも前の50年世代の方からすれば、「時代は変わったな」と思われただろうから、当然これからの日本の野球を取り巻く環境だって、かなりの速度で変革が進むのでしょう。企業・団体も、前述のようなカタカナ概念やDX・ハラスメントといったものへの取り組み方ひとつでその企業価値や評価が上下してしまう時代。元通訳の藤田さんも「私はええ時代に仕事させてもらったけど、今はホンマにやりにくい時代になりましたな!誰のためのエンタメなんやら……!?」と。

 社会学部であらゆる差別や争い等の問題を専攻していた身として、コレ! という固まった思想はあるものの、難しい話はさておき、単純に「人間が人間らしく本能的に生きる」「所詮、やってんのは人間やんか」の方向とは逆行しているような気がしていて、それだけにマエストリの「人間じみた浪花節」が私の胸には刺さる。

 社会や時代から押し付けられた無機質な概念ではなく、人が人を愛し、互いをリスペクトすることが普通であることの重要さ。関わった皆を人間力で魅了させる、彼こそが今に生きる真のエンターテイナーなのかもしれない。

 今回、急な申し出にも関わらずご対応をいただいたベースボール・マガジン社の皆さん、一般人の無茶な企画提案にも前向きに検討・対応いただいたオリックス球団の皆さん、本当にありがとうございました! ファンの皆さんを含め、皆が彼を囲んでうれしそうに笑っているのを側から眺めることができて、私も本当にうれしかったし、行動して良かったと思っています。

 ちょうど一回り歳下の、当時19歳だった彼をイタリアで初めて見たのが20年前になります。テレビでも新聞でも取り上げることがない、YouTubeなんてない、「何のお手本もない」イタリアで野球を始めて、何でこんなとんでもない球を投げるんだ!? と驚愕したのを覚えています。

「日本初のイタリア生まれイタリア育ちのプロ野球選手」

 皆さんは想像できますか? そんな環境で育った少年が、最終的にNPBでプロ野球選手として主力で活躍する話。私はプロになれずに終わった「一応、野球経験者」レベルですが、今でも彼の成し遂げたことを簡単には理解しがたい! 最後に、私のイタリア行きや、マエストリの日本での生活を応援してくれた、尼崎の武庫之荘にお住まいでらしたイタリア人、ジローラモ・アバーテさん(コロナ禍に脳梗塞でご逝去)の奥様の恵美子さんから、何か思い出されたかのように、今朝ご自宅のアーモンドの木に花が咲いたと写真が送られてきた。

「主人が生きていたら、彼のこの活躍を本当に喜んでいたでしょうね」と優しい一文が添えられて。ジローラモさん! 大丈夫ですよ! Aleは今日も世界のどこかで全速力で「人生の旅」を楽しんでいます!

 桜や金継ぎ、富士山に日の丸など、大好きな日本をいっぱい詰め込んだ始球式用グローブに、自筆で「日本は心のふるさと」を書き込んでいたことを、最後に皆さんにご紹介させていただいて、ペンを置くことにします。

PROFILE
アレッサンドロ・マエストリ●1985年6月1日生まれ。イタリア出身。2005年に開催されたMLBヨーロッパアカデミーの1期生。06年の第1回WBCのイタリア代表に選出され、その後カブスと契約。4年間のマイナー生活を送るも2Aで終わる。アメリカ独立リーグ、オーストラリア、四国ILの香川を経て2012年途中にオリックス入団。NPB史上初のイタリア生まれ、イタリア育ちの選手の誕生となった。オリックスには15年まで在籍。NPB通算96試合登板、14勝11敗1セーブ2ホールド、防御率3.44。16年以降は韓国、BCリーグの群馬などでプレー。2020年に現役引退。3月に「カーネクスト侍ジャパンシリーズ2024」で侍ジャパンと対戦する欧州選抜の投手コーチを務める。

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