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震災10年「3.11」をずっと忘れない

佐々木朗希と3.11「たくさんのモノを失って、新たに気づいたことがたくさんある」

 

避難所生活に移転、転校、そして帰らぬ人となった父と祖父母──。力に変えるという安易な表現で片づけられることではない。それでも“あの日”を風化させまいと、何かを発信しようと前を向く。当時9歳だった少年は今、1人のプロ野球選手として、後悔なき道を力強く歩んでいる。
写真=BBM

プロに入って初めて迎えた昨年3月11日。オープン戦の試合前に東日本大震災の犠牲者へ黙祷を捧げた


支援の地で


 思い出したくないこともある。それでも周囲が“あの日”のことを聞いてくる。被災した思いは当人にしか分からない。でも、思いを伝えられるのも当人だけだ。そんな葛藤もあったのだろう。昨年3月11日、佐々木朗希が初めて公の場で震災について口を開いた。

「今こうやって、プロ野球選手として初めて迎えた日ですけど、立場が変わって、これからもっといろいろ発信していかなきゃいけないなという思いがあります」

 こう切り出した記者会見は震災を風化させまい──という思いが根底にある。

小学3年まで高田小学校[写真上]に在学も、震災後に大船渡市へ引っ越し、猪川小学校[写真下]に転校。


 小学4年生の進級を控えた“あの日”は学校にいた。生まれ育った陸前高田市にある高田小学校にいた9歳の少年は、地震が発生すると近くの高台へ避難。生まれ育った街が津波に飲み込まれていく。自宅は流され、父・功太さん(当時37歳)と祖父母の3人は帰らぬ人になった。校庭には仮設住宅が建ち、佐々木朗も老人ホームでの避難所生活を余儀なくされると、4月には母方の親族が住む大船渡市に引っ越した。

 それでも白球は追い続けた。小学3年時に「高田スポーツ少年団」で野球を始めていた佐々木朗は、体育館の隅や河川敷で素振り、キャッチボールを行うなど限られた環境の中でも野球を楽しんだ。そんな子どもたちへの支援も始まる。

 震災から2年が経った13年のこと。岩手県の沿岸地域が対象となり『グラウンドを失った子どもたちに夢を』のコンセプトの基に『リアスリーグ』の第1回大会が開催。沿岸を北と南に分けて予選トーナメントを行う同大会に佐々木朗も出場し、見事に優勝を飾ったが、奇しくも決勝を戦った球場はQVCマリン(現ZOZOマリン)だった。決勝後の千葉市の野球チームとの親善試合ではマウンドにも上がっている。

 不思議な縁だ。その後、成長を遂げた右腕は大船渡高3年春に最速163キロを投じて一躍注目の的に。19年秋のドラフトでは4球団が競合し、交渉権を獲得したのは『リアスリーグ』の舞台・千葉を拠点に構え、同大会に賛同してバックアップしていたロッテだった。「これまでは応援してもらっていたので」と「恩返し」を誓ったのは復興支援を受けた地だった。

大船渡第一中、大船渡高とプレーを続けた大船渡市も甚大な津波の被害を受け、『震災遺構』として保存されている時計塔[写真]は“あの日”の3時25分で時の刻みを終えている


後悔なき道


 多くの人に支えられ、プロ入りを果たした右腕だが、誰もが完全に元の生活を取り戻したわけではない。

 福島では原発事故に見舞われ、今なお全国で2万人を超える被災者が避難生活を余儀なくされている。岩手、宮城、福島の東北3県の犠牲者は1万5000人を超え、絶望と直面した人たちはたくさんいる。だからこそ、命の大切さを重く受け止め、懸命に生きることを忘れない。

「今あることが当たり前じゃない。今という時間を昔よりも大切にするようになったのかなと思います」

 一歩一歩、確実に復興へと進む東北の地のように、佐々木朗自身もプロ1年目の昨季は異例の開幕一軍帯同で体づくりに終始し、来るデビューへ向けて一歩ずつ進んだ。悔いを残さぬよう、決して焦ることなく──。今思えば、冒頭の1年前の会見は、そんな決意表明でもあったのかもしれない。

「たくさんのモノを失って、新たに気づいたことがたくさんある。これからは、そういうことがなるべくないように。後悔しないように。今あるものが一瞬でなくなってしまうので……今生きている身として、そういった人たちの分も一生懸命生きていかないといけないと思います」

 自分と向き合い歩んだ1年を経て、今季は一軍デビューが現実味を帯びている。「活躍しているところを見せたい」という亡き家族への誓い、そして震災を風化させまいという強い決意。多くの思いを胸に、マウンドで東北の地に勇気を届けていく。その右腕が復興の灯(ともしび)となる。

PROFILE
ささき・ろうき●2001年11月3日生まれ。190cm 85kg。右投右打。岩手県出身。大船渡高-ロッテ20(1)=2年

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