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【野村克也の本格野球論】主題「大谷翔平」

 

エンゼルス入りを果たした大谷/写真=Getty Images


「ONもメジャーでは通用しない」と言われた、われわれの時代


 日本ハム大谷翔平のMLB、エンゼルス入りが決まって、早や1カ月。大谷が、カネではなく自分の思う道、自分が生かされる環境を選んだのは、大正解だ。人間、カネに目がくらむと、周りが見えなくなってしまう。カネは確かにあるに越したことはないが、執着するといいことはない。

 それにしても、いい時代になったものだ。私のころは日本人選手がメジャーで活躍するなど、これっぽっちも考えることはできなかった。あのON(王貞治長嶋茂雄=ともに巨人)さえ「メジャーでは通用しないだろう」と言われていたのだ。

 当時、秋の日米野球はメジャーの単独チームが来日し、十数試合ほど戦うのが常だった。オールジャパンですら、1つ勝てれば上出来。そのくらい力の差があった。技術もパワーも、何もかもわれわれより秀でていたと思う。

 のちにヤクルト監督として、ユマキャンプで元メジャー・リーガーのパット・コラレスと話をする機会に恵まれた。彼はメジャー在籍9年のほとんどを、バックアップキャッチャーとして過ごした。特にシンシナティにいた1968年から72年途中は、殿堂入りしたジョニー・ベンチがマスクをかぶっていた時代だから、彼にとっては運が悪かった。しかし現役引退後は、メジャー数球団で監督、コーチを歴任している。

 彼に「かつてはONも通用しないと言われたメジャーでなぜ今、日本人選手が活躍できているのか」と尋ねた。すると、彼はいくつか考えられる要因を話してくれた。まず一つに、メジャーのレベルが落ちたこと。かつて16チームで始まったリーグはエクスパンションを繰り返し、98年にはついに30チームを数えた。つまり、16チーム時代には3A以下のレベルだった選手が今は堂々、メジャーでプレーしているということだ。

 その一方で、日本球界のレベルは上がってきた。われわれのころはメジャーの情報など、一切なし。私は南海でチームメートとなったドン・ブレイザーを遠征のたび食事に誘い、彼からメジャー情報を断片的に仕入れていた。今や、NHKをはじめとするテレビ、インターネット中継でメジャーのプレーが生で観られる時代。メジャーもいろいろな意味で、身近になった。

大谷は本当に攻略不能な超一流だったのか


 大谷の話に戻ろう。われわれのころの発想では、彼の“二刀流”もメジャーでは叶わなかっただろう。しかし、今なら可能性はある。

 ただ、私は彼を“一流選手”としてメジャーに送り出した、日本人選手たちにひとこと言いたい。“一流”にだって、段階はある。どんな選手も、どこかで必ず壁にぶつかるものだ。そして、その壁を破り、一流になる。相手に「アイツにはもう、到底かなわない」とあきらめさせて、本物の一流になるわけだ。

 大谷は確かに天才だ。あの球速、あのバッティング。しかし、果たして本当に攻略方法はなかったのだろうか。私には、相手選手たちが天才を前に、戦わずしてあきらめてしまったように思えてならない。

 あえて「今の子は……」と言わせてもらうなら、今の選手たちは漠然とした勉強はよくしていても、徹底した勉強をしていないと思う。情報は多いのに、なんとなく“ムード”で野球をしているように感じてしまうのだ。

 監督時代、ミーティングで壇上に立ち、「野球とはなんだ?」と選手に聞いても、答えは「考えたことがありません」だった。考えたことがないのなら、今考えればよいではないか。あるいは分からなければ、人に聞けばいい。要は「そんなことも知らんのか」と言われるのが恥ずかしくて、聞けないのだろう。

 中途半端なプライドが、「恥をかきたくない」という気持ちにつながってしまう。しかし、「聞くは一時の恥」という。自分の頭で考えて声を発することも、人に聞くこともできなければ、なんの進歩もない。私は、“プロ意識”とはある意味、“恥の意識”だと考える。そんな今の選手たちには“プロ意識”が欠けているのではないか。プロ野球選手として、「こんなことも知らないなんて恥ずかしい」と思うなら、恥を忍んでも人に聞き、勉強すればいい。勉強してもし過ぎることはないのだから。私などこの世に生を受けて80年超、いまだ自分の未熟さを感じながら、日々過ごしている。

 大谷には一つ、注文がある。努力していないはずはないにもかかわらず、私の耳には一向に彼が努力家であるという話が入ってこない。自分の努力する姿を、もっと表に出してほしい。そうすれば、「あの天才・大谷でもあれだけ練習しているのだ」と、アマチュアの監督も選手に話ができるだろう。昔、巨人の選手たちが「王さん、長嶋さんがあれだけ練習するのに、われわれがやらないわけにはいかない」と言って、練習に励んだように。後進のよりよい見本になるよう、今後は一層、意識してほしい。

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