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裏方が見たジャイアンツ

香坂英典コラム 第26回 「10.8決戦」。それは僕の宝物になった

 

優勝を決め、笑顔で宙を舞う長嶋監督


伝説のミーティング


 10.8決戦……。語り継がれる歴史に残る戦い。プロ野球史上初、最終戦の時点で勝率が同率同士の直接対決、まさに決戦が行われた。「勝ったほうが優勝かぁ……」。呟いてみると、戦う当事者でない僕までが胸の鼓動を抑え切れない緊張感に見舞われた。これまでも多くのメディアがこの戦いを取り上げてきたが、その中での証言者たちは皆、「あまりよく覚えていない」「異様な雰囲気」という言葉を口にした。僕もその例外ではなく、やはりところどころ記憶が抜けているというか、不思議な感覚にとらわれていて、記憶があいまいだった。

 巨人が優勝した場合の試合後の報道対応の準備などは、すでに完了しており、試合前日の僕は宿舎の自室でリラックスしていた。そのとき部屋の電話が鳴った。電話の主は当時の日本テレビ野球中継プロデューサーの田中晃さん(現WOWOW代表取締役社長)だった。「香坂さん、何をしてるんですか」という問いに「特に何も……」と言うと田中さんは「今、ホテルの近くにいて、食事をしてるんですけど来ませんか」という。「いやぁ、お誘いはありがたいのですが、明日があるので……」と言うと田中さんは「何を言ってるんですか! 明日は巨人が優勝するんですよ! 来てください、前祝いですよ」とかなり強い口調で言った。

 田中さんは長嶋茂雄さんが監督就任前に日本テレビの世界陸上の中継でリポーターを務めた際、プロデューサーをされていた方だ。そう、陸上100メートル決勝でゴールしたカール・ルイスにスタンドから長嶋さんが「ヘイ! カール!」と言って呼び止め握手した、あの“世界陸上”だ。田中さんはのちに手掛けた巨人戦野球中継のキャッチフレーズを「劇空間プロ野球」と称し、プロ野球の舞台裏のファンに知られざる部分を積極的に紹介していくような番組作りをしていった。巨人軍の誰よりも熱く、野球というエンターテインメントの魅力をテレビで最大限に表現したいという考えを持っている方だった。

 田中さんは明日巨人がリーグ優勝するということをまったく疑っていなかった。これはあとで感じたことだが、田中さんは長嶋監督の勝利の執念が伝わっていたような究極のプラス思考であり、頭の中は長嶋さんと同じ「勝つ!」の文字しかなかったのではないかと僕は思えてならなかった。

 僕はさすがに前祝いの気持ちで酒を飲むような気持ちには切り替えられなかったのだが、もう近い未来が見えている田中さんの勢いにあおられたこともあって、不思議に「勝利あるのみ」の気持ちが湧いてきた。そのプラス思考は杯を空けることにも拍車を掛け、翌日の朝は僕は少々頭が痛いくらい飲み過ぎてしまった(笑)。そして、田中さんの予言は現実のものとなった。

 決戦の日・・・

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