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裏方が見たジャイアンツ

香坂英典コラム 第54回 巨人軍ファンサービス部誕生秘話(前編)

 

サインを求められると断らなかった巨人のレジェンド・王貞治


継承される王さんの魂


 僕が巨人の選手として現役だった1981年のことだったと思う。伝統の一戦、阪神と甲子園球場で試合が行われるときの宿舎は兵庫県芦屋市にあるホテル竹園だった。そんな甲子園での一戦の日、天候はあいにくの雨に見舞われ、阪神との試合は早々と日中に中止が決まってしまった。

 僕たちは雨天練習場での練習も終えて宿舎に戻る。いつものことではあるが宿舎の前には熱心な多くのファンが手に傘を差しながら、われわれを待っていた。そしてもう一方の手にはサイン帳や色紙を持ち、降りしきる雨の中に佇んでいる。本当にありがたいことではあるが、当時そのファンの方たちに対し、僕たちがファンサービスとしてどれだけの対応ができていたかと考えると、それは至っていないと思われても仕方のない有様がそこにあった。

 そして、選手が皆、それぞれの部屋に引き揚げ、ホテルのロビーが誰もいない状況になっても、ファンたちはそのまま雨の中でそのほとんどがずっと立ったままだ。そんな光景を見ていた僕も「雨はまだ降ってるし、帰ったほうがいいのに……」と他人事のようにつぶやきながら自身の部屋に帰ろうとした、そのときだった……。

 ホテルの従業員が慌ただしくロビーを動き、玄関前スペースに机と椅子を置く。すると、ユニフォームから私服に着替えた王貞治さん(当時助監督)が玄関の方向へ近づいて行き、その椅子にゆっくりと腰掛けた。「一人一枚でお願いします、一列に並んでください」。サブマネジャーの所憲佐さんがファンを仕切る、ファンの多くはソワソワしだし、みんなニコニコしながらきれいに一列に並んだ。

 ファンの数は100人近くいたのではないか……。一人の若い女性ファンは神妙な面持ちで列に並び、静かに自分の順番を待つ。王さんの目の前に立ち、サインを書いてもらい握手までしてもらうと、小さく会釈して、震えあがるようなしぐさで、うれしそうにホテルの玄関前から立ち去った。素晴らしいファンサービスだ。僕がプロに入って初めて目の当たりにしたファンサービスの光景だった。世界の王はこれにとどまらず・・・

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ジャイアンツ一筋41年。元巨人軍広報による回想録!

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