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裏方が見たジャイアンツ

香坂英典コラム 第67回 怪物・江川卓の美学(後編)

 

すべてが別格だった江川。プロでは81年に20勝6敗、防御率2.29で最多勝、最優秀防御率


美しい遠投の秘密


 今、YouTubeで、当時の僕の先輩選手、後輩選手たちが盛んに昔話で盛り上がっていたりしているが、やはり江川卓がどれだけすごかったかという切り口の話が多く、実際に対戦した打者も含めて、さまざまな見解が語られている。僕もこれまで江川卓のストレートがどれだけ速かったか、などという話はいろいろ聞いてきた。

 それならば僕の話もしてみよう。江川さんと対戦した打者はまさに打者目線、江川さんのボールを受けた人は捕手目線だ。ただ、僕が見たその目線とは……。

 キャッチャーのミットに収まるときの音、そのホップするような軌道、今も忘れない。ズ、ズ、ズバーン! うなりを上げたとんでもない音だ。僕が江川さんの投げているボールを見たアングルは普通ではなかなか見られないアングルだ。そう、江川さんがまさにブルペンで投げているとき、隣で投げていたのが僕なので、そこから見た江川さんの球というのはエグかった、すさまじい球威! 江川さんの球、そりゃあぁメチャクチャ速かった。「ブルペンでの隣からの目線」と言うのだろうか(笑)。寒気さえ感じるものだった。

 そして、それは江川さんと並んでキャッチボールをしていたときの話……。宮崎キャンプでの練習中、サブグラウンドだった。僕は江川さんと並んで遠投をしていた。そもそも遠投というものは肩の力を抜いて軽く、大きく体を使って投げるものだが、やはり江川さんは法政大学時代に僕が見た江川さん(らしき人。前号参照)のそれと同じようにボールを投げ、以前と異なるものが一つもない。

 それは本当に軽く腕を振るだけで、その投じられたボールはなかなか地面に落ちず、80メートルほど先にいる鹿取(鹿取義隆)さんのグラブにきれいな軌道を描いて収まった。

 僕は怪物に聞いた。

 どうしたらあのような軌道の球が投げられるんですか?……。

 江川さんは淡々と話す。

「俺はね。こうやって人さし指と中指の“腹の部分”がボールの表面に長くくっ付いているような感覚でボールを放すようにしているんだ(球界で一般的に使われる『ボールを長く持つ』という表現)。ボールの表面を指の腹の部分がなかなかボールから離れないような感覚で粘っこく放すんだ。こうやって、指の腹の部分でね。だから、俺の場合は普通のピッチャーと違って、指先をボールの縫い目に引っ掛けるという感覚でボールは放さないんだ」

 と江川さんは実際にボールを持って、人さし指と中指の腹にボールをゆっくりと接着させながら、ボールを投げるポーズをして僕に見せてくれた(なかなか表現しづらいもので申し訳ありません)。

 一般的に投手はボールを投げ続けると人さし指や中指の先にマメができたり、時にはそのマメが破れて、血マメになったりする投手がおり、爪が割れてしまうということもある。が、江川さんの場合はそれが一切なかった。

超人的なバランス


 僕は江川さんの右手の指先を見せてもらったことがあるが、両方の指先はタコやマメの痕跡(こんせき)などもまったくなく、とてもきれいなままだった。僕の場合、人さし指、中指の両指の先は白く硬く固まるものの、のちには両指の爪が割れてしまい、試合中にボールが血で赤く染まることも少なくなかった(でも、投げているときはまったく痛みを感じない。試合が終わり、しばらくすると痛みが出て・・・

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