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裏方が見たジャイアンツ

香坂英典コラム 第77回 プロスカウトという仕事【7】

 

楽天で07年に8勝[写真]、08年に9勝をマークしていた朝井


楽天の「面白い存在」


 プロスカウトの選手獲得手段は主にトレードなので、相手がいてのことで1対1や複数、金銭、無償とさまざまな形のものがある。しかし、成立しない限り選手の獲得はできない。とは言っても、この合意に達するということがなかなか難しいことなのだ。僕らは基本的に相手球団と交渉を行うことはないが、しっかりと調査し、話し合いに必要な選択肢を準備する。そして、その決断の作業はすべて上層部に委ねる。

 トレード成立のための一番大きな要素は、お互いの「譲渡要員」が誰かということだ。〇〇選手と〇〇選手で……という形がスッと引き合えば、それで成立になる。ただ、こんなシンプルに決まることはあまりなく、さまざまな協議の中で二転三転し、決まるときもあれば、逆に基(もとい)となってしまうこともある。かと思えば、そのまま水面下に沈んでいった話が、またまた浮上してくるなんてこともある。

 そして、これから記すトレードのケースは、比較的すんなり決まると思われるようなケースだった。しかし、これが僕個人にとっては大変な作業になってしまった。

 2010年7月26日、トレード期限ギリギリにトレードが決まった。この年の巨人は先発陣の調子が芳しくなく、ローテーションは内海哲也東野峻の2人はなんとか頑張っていたが、セス・グライシンガーディッキー・ゴンザレスらの外国人投手は低調な状態。7月に差し掛かったころには巨人の「先発要員補強」は急務となっていて、清武英利球団代表の発破を掛ける強い言葉は日常茶飯事として僕らの耳に届いていた。7月31日のトレード期限も迫って来ている。そんなとき、僕がそれまで見てきた選手の中で「面白い存在」がいた。楽天の朝井秀樹だった。

 朝井は楽天ではプロ6年目の07年、7年目の08年に8勝、9勝と先発ローテに食い込む活躍をした投手であり、それ以後の2シーズンは成績が振るわずにいた。しかし、投球の状態を見る限りでは「一軍で投げても結果を出せるのではないか」という印象を何度も持たせた。ましてや、ピッチングスタッフが潤沢ではない楽天ではまだまだチャンスを与えられるであろうと思わせる存在だと僕は見ていたが、それにしても、なかなか朝井は一軍マウンドのチャンスをもらえずにイースタン・リーグのマウンドに今日も上がっていた。

 朝井はダイナミックなフォームでストレートの力もあった。トレードはできないか。では、トレードをするならば楽天側が巨人の誰を要求するか、頭の中でトレード合意までのシミュレーションを行う。楽天は巨人同様、投手陣強化が一つの補強ポイントだった。巨人の先発陣がピンチを迎えていたその矢先、「滑り込みでトレードはできないか。もちろん、ターゲットは先発投手」という指令が清武代表から出された。答えた候補は一人、朝井の名前を出す。「球威のある本格派、投げっぷりがいい。今の状態なら試合の序盤につまずいたりしなければ十分試合をつくれる投球ができる。チャンスを与えれば一発勝負でも結果を出せるかもしれない」というのが僕の見解だった。

 トレードの期限は刻々と迫っていた。清武代表は「君が連絡しろ」と僕に言うので楽天側に打診する。まずは、いつも現場の視察で顔を合わせている楽天のプロスカウトに電話連絡をする。

「朝井君は放出できる選手ですか?」

「確認して、折り返しますわ」

 そして楽天側から返答が来た。

「香坂君、栂野やったら、どうやろね」・・・

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