週刊ベースボールONLINE

石田雄太の閃球眼

石田雄太コラム「行かなければ分からぬメジャー取材のハードル」

 

大谷(写真)のいるロサンゼルスだったからよかったが、ほかの都市だったら……[写真=Getty Images]


 アメリカから帰国してのち、14日間の自宅等待機を求められた。厚労省指定のアプリをインストールし、自身の位置情報を提供。外出しない、人に会わない、公共交通機関を使わないことが義務づけられる。毎日、入国者健康管理センターから、今どこボタンをすぐに押せ、と求められるばかりか、1日1回、AIからの電話がかかってきて「待機場所を背景にあなたの顔を写してください、録画します」というメッセージが届き、その指示に従わなければならない。

 そんな2週間、いつもはマナーモードにしたままほったらかしのスマホを常に手元に置き、一日中、ピンピン鳴る電子音が気になって仕方がない己の気質を恨めしく思いながら、備忘録として以下のことを記しておきたい。

 それはコロナ禍の今、アメリカへ行くことについて、である。

 思えばこの四半世紀、100往復を超える渡米をしてきた。「太平洋は川だ」と豪語した身ながら、アメリカをこれほど遠く感じたことはなかった。昨年、MLBの取材環境を現地在住の記者仲間に聞くと、試合前のグラウンドへは下りられない、クラブハウスでの取材もできない、インタビューはオンラインのみ、クレデンシャルがあれば記者席からのみ試合を観られる、とのこと。もちろん試合をナマで観ることに得難い価値はあるのだが、選手の声が聞けないとなるとなかなか渡米する気にはなれなかった。誰かに渡米を禁止されているわけでもなければ、行く手段がないわけでもない。それでも行かなかったのは渡米を自粛したからにほかならない。行きたいと思うだけで行っていい状況にあるとは到底、考えられなかった。

 それが・・・

この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。

まずは体験!登録後7日間無料

登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。

石田雄太の閃球眼

石田雄太の閃球眼

ベースボールライター。1964年生まれ。名古屋市立菊里高等学校、青山学院大卒。NHKディレクターを経て独立。フリーランスの野球記者として綴った著書に『イチロー・インタビューズ激闘の軌跡2000-2019』『大谷翔平 野球翔年』『平成野球30年の30人』などがある。

関連情報

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング