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佐藤道郎コラム 第2回「ユニフォームにあこがれ日大三高へ」

 

62年春夏連続で甲子園に出場した日大三高。左が倍賞明、右が井上治男


仕方なく野球部へ


 やっと緊急事態が明けるけど、まだ、まん延防止が続くんでしょ。あれもややこしいんだよね。今年に入ってから何度も決まりが変わって、そのたび店のドアに休業やらのお知らせを貼っていたら、一時期、借金取りに追い掛けられている家みたいになっちゃったよ(笑)。はがさなかったのか? 貼ってあったほうが、ちゃんと休業している証拠になると言われてね。今は何枚か残してはがしたけど、一応、写真も撮ってあるんだ。ガラケーで、だけどね(笑)。

 そうそう、ガキのころの話からだったね。ガリガリだったけど、小さいころから背は周りより高かったし、スポーツも得意だった。別に野球が嫌いだったわけじゃないけど、小学校では野球部じゃなく、化学班に入ったんだ。このときはまだ、(イースト菌の研究者でもあった)オヤジの血が濃かったのかな。実験が好きでね。それに、野球部はあったけど、ともかくどうしようもないくらい弱い。だから大会が始まると先生が「佐藤、投げてくれよ」と言うんで、助っ人で入ってピッチャーをしていた。そこそこ勝っていたよ。

 中学に行ったら、どこかスポーツ系の部に必ず入らなきゃいけないとなった。最初は華やかでいいなと思って、テニス部に行こうと思ったけど、いっぱいだったんだ。俺は、指が短いからバスケ、バレーボールは大きいボールがうまく扱えず、ダメかな、と思って、じゃあと卓球に行ってもいっぱい。それで、ほかに何があるのかと思ったら野球部しかなかった。「とりあえず入ろうか」くらいだったね。

 でも、そこでいい出会いが・・・

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パ・リーグ初代セーブ王・佐藤道郎の球人履歴書。

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