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佐藤道郎コラム 第6回「杉浦忠さんは焼き肉で、皆川睦雄さんはステーキだった?」

 

若手時代の3人。後列の左から皆川、杉浦、前が野村


杉浦さんのおかげで罰金なし


 俺が南海に入ったとき、日本を代表する伝説のアンダースローピッチャーが2人いた。杉浦(杉浦忠)さんと皆川(皆川睦雄)さんさ。2人は兼任監督だった野村(野村克也)さんと同じ昭和10年(1935年)生まれで、俺とは一回り違う。実績もすごいし、雲の上の人だったね。

 杉浦さんは日本一になった年(59年)に38勝(4敗)を挙げたけど、途中から血行障害もあって長いイニングは投げられなくなり、俺の1年目が現役最後の年になった。皆川さんは杉浦さんに比べたら遅咲きというのかな。2年前の昭和43年(68年)に33歳で31勝している。これが日本で最後の30勝以上らしいけど、マー君だって24勝でしょ(楽天田中将大の13年)。いまじゃ信じられんよね。

 俺は2人からよくしてもらったけど、性格は違っていた。

 1年目、俺が抑えとしてそこそこ活躍し出してから、いつも杉浦さんと一緒だった先輩が「ミチ、スギさんがお前を食事に誘っているが、どうする?」って言ってきた。どうするって言ってもさ。杉浦さんに誘ってもらったら、かわいいあの子とのデートがあっても行くしかないだろ(笑)。

 それで杉浦さんの馴染(なじ)みの焼き肉屋に連れて行ってもらったんだけど、食べ終わったら「ミチ、お前、フォークソング好きか」と聞かれたんで、

「はい。嫌いじゃないです。日大の寮にきったねえギターがあったんで、見よう見まねでやってました」

 と言ったら、ギターを弾いたり歌ったりできる店に連れて行ってもらった。当時は、そういう店がたくさんあったんだ。そこで杉浦さんに、

「やってみろ」

 と言われ・・・

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パ・リーグ初代セーブ王・佐藤道郎の球人履歴書。

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