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佐藤道郎コラム 第8回「卵が2つめからは有料だった南海の寮」

 

69年入団の富田は佐藤氏の入団年の70年は全試合出場だった


穴だらけの網戸


 南海に入って(1970年)、最初はもちろん、中百舌鳥(なかもず)の寮での生活だった。俺は一番上の3階に1つだけあった洋間を使わせてもらった。別に自分で要求したわけじゃないけど、大卒のドラフト1位ということもあったんだろうね、1階は高卒の二軍選手が多くて、顔に殴られたあざができているヤツも時々いた。当時は特に二軍だと、そういうのが当たり前の時代だからね。俺も「ああ、二軍に落ちたら大変だな」と思った。ドラフト1位で優遇されていた分、ねたんでるヤツもいただろうから、結果が出なきゃいろいろあったと思うよ。

 ただね、最上階の洋間と言うと、すごくいい部屋を想像するかもしれないけど、そんなことない。大したことない部屋だったよ。一番困ったのが夏だな。部屋に冷房がついてなかったんだ。寮では応接間だけクーラーがあって、みんなメシを食ったら、そこでテレビを見たりして涼んで、眠くなったら部屋に戻って寝るみたいなことをしていた。

 3階だと、多少、風通しがいいように思うかもしれないけど、それも違うよ。屋上に洗濯物を干すから3階はいつも湿気がこもっているんだ。それで、周りが田んぼだから蚊がものすごいのに、網戸が穴だらけだから窓を閉めておくしかない(苦笑)。「網戸くらい何とかしてくださいよ」と何度も言ったけど、ダメだったね。

 仕方ないから夜は冷蔵庫のドアを開けっぱなしにして、そこに扇風機で風を当てて枕を近くに置いて寝た。ブーンとうるさい機械音がするけど、多少は涼しかったからね。でもさ、この冷蔵庫だって自分で買ったんだよ。ビールを冷やすため? 違う、違う。寮は禁酒だったし、俺は酒飲みに見えるかもしれないけど、一人じゃあまり飲まない。みんなでワイワイしながら飲むのは好きだけどね。

 寮生活は・・・

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パ・リーグ初代セーブ王・佐藤道郎の球人履歴書。

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