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佐藤道郎コラム 第15回「野球選手は肉を食わなきゃいかん」となぜ思ったのか

 

江本氏[左]とストレッチする佐藤氏


フリチンで日干しを?


 今回は春のキャンプの話からにしようか。
 
 南海の最初のころは、高知の土佐中村と和歌山の田辺が半々だった。
 
 土佐中村は、海沿いにグラウンドがあって、宿の周りも松林と畑くらいしかない。練習が終わって、出掛けようと思っても、おばちゃんというより、もう、おばあちゃんがやっているような小さなスナックしかなかった。
 
 覚えているのは、練習が終わったら、ひと風呂浴びて、みんなで風呂場の前の畑にフリチンで行ったこと。まだ明るいから日干しね。練習はしんどかったけど、今になると、そういう、どうでもいいようなことのほうが覚えているんだ。
 
 和歌山の田辺はブルペンの裏がミカン山でね。休みの前日には、そこをマラソンで駆け上がる練習があった。はっきり言って走るのは得意じゃなかったし、疲れるの嫌だなと思っていたら、ミカン農家の人の軽トラが通ったから「乗せてもらえる?」って頼んで、手抜きをしたことがある(笑)。いいオジさんでね、乗せてくれただけじゃなく、タバコまでくれた。
 
 途中でエモ(江本孟紀)がいて「お〜い、エモ」と声を掛けたら、「俺も乗せてくれ」というから2人で乗って、最後のほうだけ降りて走った。ノムさん(野村克也兼任監督)が「おお、ミチ、お前も完走したのか」と驚いてたから、「ハイ」って、いい返事をしておいたけどね(笑)。
 
 でも、次の日、全員集合さ。そこでノムさんが怖い顔して「マラソンさぼって、きのうトラックに乗ったやつがいる。出てこい!」って。仕方ねえな、なんでバレたのかなと思いながら俺が出たら、エモも出た。それで、こっぴどく怒られるんだろうな、と思ったら、そこから島野(島野育夫)さんとか先輩がゾロゾロと何人も出てきたんだ。俺らだけじゃなかったんだね(笑)。ガンガン怒られて、「お前ら大阪に帰れ!」と言われたんだけど、野村さんの秘書みたいなことをしていた人と一緒に謝りに行って許してもらった。

 そこでノムさんに聞いたんだけど・・・

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パ・リーグ初代セーブ王・佐藤道郎の球人履歴書。

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