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佐藤道郎コラム 第48回「一軍に上がる選手にいつも言った。『もう俺の顔を見るなよ』って」

 

中日時代のチェン[2004年]


ちんたらはさせない


 この間、「コーチというのは選手が『コーチのおかげです』と言ってくれるのを待っている」という話をしたけど、俺自身、あんまり言わなかったかな。ピッチングは完全に我流だったしね。もちろん、野村さん(野村克也、南海時代の監督兼捕手)にいろいろ教わったし、もともと日大三高、日大は野球学校だったから、ベースはそこで勉強したものだ。クイックも南海じゃなく、三高で教わったしね。でも、ピッチングの技術はやっぱり、それぞれに合う合わないがある。自分で「これだ!」と思ったものをいろいろな人のアドバイスを聞きながら磨いた感じかな。

 大学で始めたノーワインドアップだってそうだよ。前も話したけど、俺は日大のとき、2年の秋に入れ替え戦で負けて二部に落ち、3年秋に入れ替え戦で専修大に勝って、また一部に戻った。それで次の春のリーグ戦で久しぶりに一部相手に試合をしたら打たれたんだ。自分の部屋に戻って、「やっぱり一部のバッターは違うのかな」とか思って、スポーツ新聞を読んでいたら、確か報知だったと思うけど、堀内(堀内恒夫)のノーワインドアップの連続写真が載っていた。あいつは俺と年が一緒だけど、高卒でプロに入って、もう巨人でエース格の活躍をしていた。

「へえ、こんなフォームがあるんだ」と思いながら、疲れもあって眠っちゃったんだけど、夢で俺がノーワインドアップで気持ちよく投げていたんだ。「だったら実際にやってみようかな」と思って、何となく次の試合をノーワインドアップで投げたら完封しちゃったんだよ。「夢のお告げ」って記事になって結構、大騒ぎになった。この年・・・

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パ・リーグ初代セーブ王・佐藤道郎の球人履歴書。

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