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堀内恒夫の悪太郎の遺言状

堀内恒夫コラム 第6回「落合博満が語った四番の条件。そして最低の四番打者とは……」

 

1996年、巨人コーチ時代の筆者[右]と落合[中央]


類は友を呼ぶ?


 クライマックスシリーズをテレビで観戦していたら、なぜだか「オチ」の話がしたくなった。「オチ」とは落合博満のことだ。

 落合は1993年オフに導入されたばかりのフリーエージェント制度を行使してFA宣言をし、中日から長嶋茂雄監督率いる巨人軍に移籍してきた。当時41歳。プロ野球人生はすでに晩年に入り、三冠王を史上初の3度達成するなどした“自分でつかんだ野球”というものをどう維持していくかという年齢での入団だった。

 俺と落合。投手と野手、歳は5つ下。あまり接点がないように思うかもしれないけれど、技術的に馬が合うっていうのかな。このボールはこう打つ、このボールはこう投げる、そういう感覚が合う。落合は職人肌。彼の話すことに納得もするし、コーチと選手との関係ではあったけれど、俺は落合の練習の仕方や物の見方、考え方に共感した。

 落合は意外とシャイな一面もあってね。気の合う人とはよくしゃべるけど、そうでないと「言っても分からん」で終わり。新聞記者に変な質問をされたら答えない。いろんな記録をひっさげながらも名球会はお断り。まぁ俺も途中で辞めた口だけどね。落合のことを書いていて今、分かった。「類は友を呼ぶ」だな(笑)。

 落合をずっと見てきた中で、それまでの彼と違うなと思ったことが1度だけある。それは・・・

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