
昨年に開催された堀内氏[右]、高田繁氏[右から2人目]、末次利光氏[左から2人目]のトークショーで司会として絶妙な掛け合いを見せた村山アナウンサー[左]。解説者とアナウンサーの信頼関係とコンビネーションが実況中継を彩ってきた
訃報に接した際に、俺の頭の中は失意のあまり、真っ白になった。元日本テレビのアナウンサーで、プロ野球の実況中継を担当していた多昌
博志(たしょう・ひろし)が、63歳の若さでこの世を去った。死因は多発肝腫瘍。以前から体調を崩していたことは容易に想像できる。
多昌が中大を卒業して日本テレビに入社したのは1985年。その年に
巨人の一軍投手コーチをクビになった俺は、野球解説者として日本テレビに拾われた。ちょうどそのころに俺と多昌は解説者と実況中継アナとして、コンビを組むことになった。
忘れもしない。多昌のデビュー戦が俺とコンビを組む巨人戦の実況中継だった。試合前にたくさんの資料を集めて実況中継に備える。練習中に取材を行い、活躍しそうな選手の話を集める。だから試合前の実況中継アナは忙しくて、ゆっくりとメシを食べている暇がなかった。
俺は新米解説者だったが、恐れることなく、同じく新米の多昌に「役割分担をハッキリしよう」と提案した。「俺は技術を語る。お前は・・・
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