日本球界に強烈なインパクトを与え続けた8年間だった。99年、横浜高から西武に入団した松坂大輔。デビュー戦でいきなり155キロをマークするなどプロの舞台で1年目から本領発揮。日本代表のエースとしても輝きを放ったが松坂伝説は最高潮に達した。 99年4月7日の日本ハム戦[東京ドーム]でプロ初先発初勝利をマーク
松坂に始まり松坂に終わった99年
1998年のドラフトで意中の横浜ではなく西武に指名されるも、年末の12月28日に入団会見を行った松坂大輔。3日後の31日には東尾修監督、両親と一緒に増上寺で除夜の鐘を叩いていた。その間に年が明け、99年に。1月9日には若獅子寮へ入寮。そして新人合同自主トレと慌ただしく18歳の冬は過ぎて行った。
若獅子寮への入寮シーン
キャンプ初日となる2月1日には、高知市内の選手宿舎周辺にも大勢のファンが押しかけた。宿舎の側を流れる鏡川まで100メートルほどの散歩が日課だったが、この姿を求めて人が集中した。スポーツ紙だけではなく、ワイドショーのテレビカメラも参戦。まさに早朝からフィーバーしていた。高知・春野キャンプ3日目、2月3日に初ブルペン。ミットを構えたのはベテラン・伊東勤だった。
1年目のキャンプで大勢の報道陣に密着されるなど大フィーバー
プロデビューは4月7日の日本ハム戦(東京ドーム)で初先発。1回裏に三番・片岡篤史から内角高めの155キロ直球で空振り三振を奪い、尻もちをつかせた。これは平成の記録映像でよく見かける。この試合は8回2失点でプロ初勝利をマーク。「高校時代からずっと自分は本番に強いと思ってやってきました。今日は楽しんで投げられましたね。ウイニングボールは親に渡すと思います。監督の200勝のボールと並べるか? いえ、別にします」と笑った。
同21日のロッテ戦(千葉マリン)では・・・