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レジェンドを訪ねる 昭和世代の言い残し

大野豊(元広島)インタビュー<2>江夏の後任ストッパーに指名されたが「ふてぶてしくなかった」

 

昭和生まれのレジェンドの皆さんに、とにかく昔話を聞かせてもらおうという自由なシリーズ連載。元広島の沢村賞左腕・大野豊さんの2回目は、プロ入りしてからの若手時代のお話を伺いました。
文=落合修一

大野豊


防御率135.00からのスタート


──1977年の春季キャンプ中のカープの入団テストを経て、プロ入りしました。

大野 1年目は5月からファームの試合に投げ、8月くらいまでで3勝し、それから一軍に呼ばれました。しかし、状態が良かったから上がったのに投げる場面がなく、初登板は9月4日の阪神戦(広島)でした。先発ではなく中継ぎだったのですが運が良いのか悪いのか、その日は地元(島根県出雲市)でできた僕の後援会の皆さんがバス2台で応援に来てくださっていたのですよ。

──それは幸運でしょう、普通なら。

大野 グラウンドからスタンドを見たら「羽ばたけ、大野豊」と書いてある10メートルくらいの垂れ幕がありました。そんな中で投げたのに、打たれる、打たれる。(阪神・片岡新之介捕手に)満塁本塁打まで浴びました。

──記録では打者8人に被安打5、与四球2、自責点5。

大野 垂れ幕がどんどん下がりました。しかし、打たれたということは、ストライクを投げたわけですよね。力がないから打たれましたけど。1つのアウトは掛布(掛布雅之)のファウルフライです。そのアウトがあったから投球回1/3となって、防御率135.00。それがなかったら計算不可能で防御率は無限大です(笑)。

──その後はまたファームですか。

大野 その年の一軍登板はそれだけだったので、1年目のシーズン成績は「防御率135.00」。とんでもない数字ですよね。あの日はやっぱり・・・

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昭和世代のレジェンドの皆さんに、とにかく昔話を聞かせてもらおうという自由な連載。

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