昭和生まれのレジェンドの皆さんに、とにかく昔話を聞かせてもらおうという自由なシリーズ連載。1980年のスーパールーキー、元日本ハムほかの左腕・木田勇さんの最終回は、80年シーズンの「その後」のお話です。 文=落合修一 
木田勇
2年目も2ケタ勝利を挙げたが……
──ルーキーだった1980年に22勝8敗4セーブという大活躍で、新人王とMVPを同時受賞しました。
木田 自分でも「よくできたな」というのが、正直な実感としてありましたね。細い体で253イニングもよく投げたなという。当時の体重は70kgくらいでしたから。今は83kgありますけど。
──シーズンが終わって、疲れを感じましたか。
木田 そういうのは一切なかったですね。体のどこかが痛いというのもなかったです。投げた次の日は疲労感がありましたが、若かったから回復が早かったし、体も強かったんでしょうね。
──1年目のオフは。
木田 テレビに呼ばれたり、取材を受けたり、結構出ました。いろいろな有名人と対談するとか、そういう生活も初めてで、プロ野球ってすごいなと思いました。頑張ればこうなるんだなという。でもね、普通はオフになったら体を休めて、翌年に備えてトレーニングとか必要ですよね。そういう普通のことをできなかったんですね。次の年のことを考える時間を持ちにくかったのは事実です。
──81年にはトレードで同じ左腕の
江夏豊投手が
広島から入団します。何か影響を受けましたか。
木田 もともとあこがれていた江夏さんと一緒に野球ができるのがうれしかったし、これでとにかく、自分が1年目と同じように投げれば、優勝に本当に近付くなという思いはありましたよね。やっぱり注目を浴びるチームになりましたよね。
──交換要員として日本鋼管の先輩である先発エースの
高橋直樹さんを日本ハムが放出したのは、やっぱり木田さんが先発の軸として、というのもあったんじゃないですか。
木田 そういうのがまずあって・・・
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