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あの日、あのとき、あの場所で 球界の記念日にタイムスリップ

<1964年6月14日>「パイオニア」安仁屋が初勝利を巨人戦完投で挙げ、本土復帰前の沖縄は歓喜の渦に

 

プロ入り前年の1963年、大分鉄道管理局の補強選手として都市対抗に出場した際の安仁屋


カープのスカウトは自由に沖縄へ行けた


 宮城大弥(オリックス)、山川穂高(ソフトバンク)、平良海馬(西武)らNPBで活躍する一流選手を多く輩出し、甲子園大会でも春夏合わせて4回の優勝を誇る野球強豪県・沖縄。そんな沖縄も、かつては「野球後進県」と呼ばれた時代があった。

 戦後長きにわたりアメリカの統治下に置かれた沖縄は、1972年の本土復帰まで実質的には「外国」に等しく、野球レベルの向上は容易ではなかった。言葉を選ばずに書けば、その存在は「舐(な)められていた」のである。

 そんな時代にパスポートを携え広島へ入団、先発・リリーフ問わず活躍し、NPBにおける沖縄出身選手のパイオニアとなった右腕がいた。「沖縄の星」安仁屋宗八である。

 安仁屋がプロの熱い視線を受けるようになったきっかけは、63年の都市対抗野球だった。琉球煙草でプレーしていた安仁屋は、大分鉄道管理局の補強選手に選ばれる。その際、捕手から新たな変化球を教わった。シュートだった。これが「斜めからドスンと切るような」と自ら語る安仁屋のフォームにピタリとハマった。

 わずか10日でマスターしたシュートが、結果として安仁屋の人生を変える。日本生命戦でリリーフ登板した安仁屋は、3回を無安打無失点。鋭いシュートは威力を発揮し・・・

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