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あの日、あのとき、あの場所で 球界の記念日にタイムスリップ

<1978年12月1日>南海で一時代を築いた42歳の円熟の大物捕手が一兵卒として新生・西武に入団

 

大打者・野村はロッテを退団すると、福岡から埼玉へ移転したばかりのライオンズに入団した[写真は1979年の春季キャンプ]


野球の奥義を極めたい


 1980年11月4日。巨人王貞治は都内のホテルで記者会見に臨み、引退を発表した。王はこの年、打率こそ.236ながら30本塁打&84打点と、40歳にして高水準の成績を残していた。それでも通算868本塁打を誇る不世出のバットマンは、引退する理由をこう語った。

「王貞治のバッティングができなくなったからです」

 なお余力を残し、王は現役生活に別れを告げた。

 王と並ぶ日本プロ野球界の巨星、45歳の野村克也(西武)が引退を表明したのも、80年のオフであった。通算657本塁打はNPB歴代2位。65年には、戦後初の三冠王に輝いた大打者である。その引退理由は、野村克也のバッティングができなくなったから、ではなかった。最後に30本塁打以上を打ったのは72年(35本)。8年前である。全盛期の打撃など、望めなくなって久しかった。それでも現役を続けた男が、ユニフォームを脱ぐ決意をしたのはなぜだったのか。

「司馬遷は生き恥さらした男である」。作家の武田泰淳は、男性器を切り取られる屈辱を受けながら大著『史記』を書きあげた中国の歴史家を論ずるにあたり、冒頭この1行から始めた(『司馬遷 史記の世界』)。そのひそみに倣(なら)えば・・・

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