
イラスト=イワヰマサタカ
戦時下の1945年正月、
阪神軍、阪急軍、朝日軍、近畿日本軍の関西4球団による正月大会を最後に戦前の職業野球は幕を閉じた。
このあとチーム解散と同様の形となってしまったのが朝日軍だ。行き場を失った選手たちの面倒を見たのが、球団マネジャーの橋本三郎だった。橋本の実家は阪神沿線の杭瀬で海軍の指定工場を経営しており、選手たちをそこに就労させた。空襲が激しくなる中、工場を奈良に疎開。
そして8月15日に終戦を迎えると、朝日軍と袂(たもと)を分かつことを決意。独立してゴールドスターという球団を創設し、連盟に加盟を申し込んだ。
一方、朝日軍も戦前に東京
巨人軍を指揮していた藤本定義を監督に据えて・・・
この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。
まずは体験!登録後7日間無料
登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。
登録済みの方はこちらからログイン