野球人生には、いずれ区切りが来る。ユニフォームを脱いだ後の人生のほうが、はるかに長い。新たな仕事に就き、野球界とは別のステージで活躍する元プロ野球選手の今に迫る。 取材・文=尾辻剛 
白寿生科学研究所 営業本部サービス開発グループ・松修康
恩師との約束
プロ野球界以外の道で輝きたかった。今年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での日本代表は、ベネズエラとの準々決勝で敗退。2度目の大会連覇はならなかった。連覇を達成したのは17年前の2009年。打撃投手としてチームをサポートした元ダイエー・松修康は、13年からは人々の健康をサポートする「白寿生科学研究所」に勤務し、「野球以外で生きていきたい」と、球界を離れて14年目を迎えている。
東北福祉大から1999年ドラフト2位(逆指名)でダイエー入団。即戦力の大型左腕と期待されたが、思うような成績を残せなかった。入団3年目の2001年にプロ初勝利を挙げ、04年には40試合に登板。一軍に定着しかけたが、05年オフに戦力外通告を受けて引退を決断した。プロ通算59試合で1勝5敗、防御率4.99。「プロでは活躍できませんでした」と振り返る。
引退後は横浜(現
DeNA)で2年間、
日本ハムで5年間、打撃投手を務めた。07年の北京五輪予選や09年のWBCでも打撃投手で日本代表に同行。裏方としてチームを支えてきたが、日本ハムがパ・リーグ優勝を果たした12年オフに球団から契約を打ち切られた。打者からのクレームもなく「何でクビなのか、理由が分かりませんでした」と回顧する。
通告を受けた日は札幌市内で裏方の先輩と一晩飲み明かし・・・
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