週刊ベースボールONLINE

長谷川晶一 密着ドキュメント

第十九回 悔しさに彩られた日本シリーズ 石川雅規の新たなモチベーションに/42歳左腕の2022年【月イチ連載】

 

今年でプロ21年目を迎えたヤクルト石川雅規。42歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は177。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2022年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

「燃えて冷静」の思いで、日本シリーズのマウンドへ


オリックスとの日本シリーズ第4戦に先発した石川


 日本シリーズ直前の心境について、石川雅規は言った。

「クライマックスシリーズ(CS)での登板予定はありました。でも、チームが3連勝したことで僕の登板はなくなりました。昨シーズンもCSでは投げていないので、そういう意味での悔しさはありましたけど、チームは無事に日本シリーズ進出を決めた。その瞬間からはすぐに日本シリーズに向けての調整が始まりました」

 チームとしては1試合でも早く日本シリーズ進出を決めた方がいい。その一方で、一個人、一選手としては「自分も晴れ舞台でマウンドに立ちたい」という思いもある。しかし、その夢はかなわなかった。ならば、すぐに目の前の現実を受け入れた上でマインドチェンジする。これまで何度も、石川はそうしてここまでの長い道のりを歩いてきた。

「シーズンからはかなり間が空いていたので、調整の難しさは確かにありましたけど、戸田でシートバッティングに投げたり、自分なりにできることはすべて準備できたと思います」

 こうして迎えたのが10月26日の日本シリーズ第4戦、敵地・京セラドーム大阪での先発マウンドだった。ここまでスワローズは2勝1分。いい流れでバトンを託されていた。昨年同様、2年連続の第4戦の先発マウンド。石川はどのような心境だったのか?

「3勝0敗、もしくは0勝3敗で迎えるとしたら、もちろん心理的な変化というのは大なり小なりあるとは思います。でも、3連勝で迎えるならば“オレが決めてやる”という意味でおいしいですし、3連敗で迎えたならば“オレが連敗を止めてやる”という意味でおいしいし、どちらにしても“おいしいぞ”と感じていたと思います(笑)。いずれにしても、テンションを上げつつ、一方では冷静にマウンドに上がっていたと思います」

 前年とまったく同じことを石川は言った。かつて、高津臣吾監督は石川のピッチングを称して「燃えて冷静」と口にしたことがある。まさにそれこそが、石川自身が目指す理想のピッチングスタイルでもある。

「僕らは機械じゃないので、なかなかいつも同じパフォーマンスを披露することは難しいですけど、やはり事前の準備、そして自分の気持ちはある程度は整えられることだと思っています。そういう意味では“燃えて冷静”の思いはこの日も持っていました」

 前述したように実際は2勝1分での第4戦となった。当然、「後輩たちが繋いでくれたいい流れを絶対にモノにする」との思いでマウンドに上がった。

「特に気負うことなく、先発投手として、5回ならば15個のアウトを、6回ならば18個のアウトをどうやって取っていくか。冷静にそう考えていましたね」

 燃えて、冷静。いよいよ、勝負のときが訪れようとしていた――。

四死球を連発する苦心のピッチング


 初回、先頭打者の佐野皓大に初球を狙い打ちされてツーベースヒットとなった。いきなりのピンチの場面。それでも石川は冷静だった。

「それほどいい当たりではなかったので、そこはすぐに切り替えることができました。この後はクリーンアップに回ってくるので、“ランナーをためないこと”“ロング(長打)を警戒すること”を意識しました。“1点はしょうがない”という思いもある中で、二番の宗(佑磨)選手から三振を奪った。ワンアウト三塁を覚悟していたのがワンアウト二塁になった。これでかなりラクになりましたね」

 この日の石川の立ち上がりは不安定だった。この後さらに、初回だけで2つのフォアボールを与える苦しい立ち上がりとなった。コンディションがよくなかったのか、あるいは緊張によるものだったのか? 石川自身が解説をする。

「調子はそんなに悪くはなかったと思います。緊張していたわけでもなくて、やっぱりちょっと慎重にいきすぎたのかもしれないですね。例えば右打者のインコースへのボールが1個分外れてしまってボール判定されてフォアボールになってしまいました。ボール先行になると、やっぱりどうしても苦しくなりますよね。四番の吉田(正尚)選手へのフォアボールは“ボール先行では無理に勝負しない”という意図があったけど、五番の頓宮(裕真)選手へのフォアボールは完全に余計でした」

 この場面は、二死満塁と苦しみながらも何とか無失点で切り抜けた。2回裏にも2つのフォアボールを与えた。バファローズ打線の1巡目、打者9人に対して4つのフォアボールは、コントロールのいい石川にとっては、明らかに「異常事態」だった。しかし、石川の口調はそこまで深刻なものではなかった。

「それまでプレートの真ん中を踏んで投げていたんですけど、ボール1個分インコースになるので、プレートを踏む位置を変えました。そんな中で、“あっ、ここなら納まりがいいな”という位置が見つかったので、そこからは何とか持ち直せたかなと思います。確かにフォアボールは多かったし、苦しんだ部分はあったけど、何とか得点を与えなかったのはまだよかったです。けれども、3回裏に先制点を許してしまった。ここは本当に反省点です。先制点はデッドボール絡みですから、本当に反省です……」

この悔しさを糧にして、石川はプロ22年目へ――


5回裏、一死一塁で吉田正を見事に二ゴロ併殺打に打ち取った


 5回裏のことだった。ショート・長岡秀樹が打球をファンブルして走者を許してしまった。しかし、石川は続く四番・吉田正尚をセカンドゴロに打ち取り、4−6−3のダブルプレーに切り抜けた。常々、「誰かがエラーしたときこそ、その選手のためにもピッチャーは頑張らなくちゃいけない」と口にしている石川の真骨頂となる場面だった。

「あれは手応え最高でしたね。エラーした後、長岡がマウンドまで来て、“マサさんすみません”って頭を下げたから、“いや、大丈夫。任せろ!”って言ったんですけど、あの場面で打ち取ったストレートはこのシリーズでいちばんのボールでした。たぶん120キロ台のボールなんですけど、しっかりと気持ちの入ったコントロールされた《原点》はやっぱりアウトになるんですね」

 128キロのストレートでも、相手の四番打者を打ち取ることができるのだ。石川が口にした「原点」とはピッチャーの基本である「アウトローのストレート」のことだ。キャンプ期間から何度も、何度も投げ続けてきたボールが、「ここぞ」の場面で見事に決まったのだ。3回裏に1点を失った。その後石川は5回を投げ抜いて降板した。88球、被安打2、失点、自責点はともに1だった。苦しみながらも、何とか試合は作った。それでも、チームはそのまま0対1で敗れた。対戦成績はスワローズの2勝1敗1分となった。石川の口からは反省の弁しか聞こえてこない。

「よく、“四死球は得点に絡む”って言いますけど、まさにその通りの結果となってしまいました。悔しいです……。野球では、悔いばかりを経験しているけど、まさにこの1点は悔いしかないです。本当に悔しい1点でした。フォアボールが多かったから、試合のテンポが生まれない。僕がトントントンと抑えていたら、打線も乗っていけたと思うし、ピッチングのテンポ、抑え方はチームの勢いに大きく影響するんだ。わかってはいても、改めて感じた試合です……」

 この日の「総括」を石川に求める。その言葉はシンプルなものだった。

「単純に、《負け投手・石川雅規》ということですよね。それ以外は何者でもないです。チームを勝ちに導けなかった先発投手。ただ、それだけのことでしたね……」

 もしも、さらに引き分け試合があって第9戦まで行けば石川の登板もあったという。しかし、チームはそのまま4連敗を喫し、全7試合を戦い、2勝4敗1分で涙を呑んだ。球団史上初となる「2年連続日本一」はならなかった。激戦から数日後、石川の口調はいまだ重かった。

 今回のインタビューでは、終始、「悔しい」という言葉に彩られていた。悔しさは明日への糧となる。今はそう信じて前を向くしかない。日本シリーズ終了から3日間、チーム全員に休日が与えられた。しかし、石川はこの間もランニングをして、ジムにも通った。

「休養が大切なのもよくわかっています。休養を取りながら、それでも自分を追い込んでいく。また来年への新たなモチベーションが生まれた気がします」

 この悔しさが、来季への力となる――。今はそう信じて、前を向くだけだ。捲土重来。石川はすでにその先を見据えている。プロ21年目、42歳のシーズンは、こうして幕を閉じた。長い一年は、ようやく終わったのだ。

(第二十回に続く)

取材・文=長谷川晶一 写真=BBM

書籍『基本は、真っ直ぐ――石川雅規42歳の肖像』ご購入はコチラから

連載一覧はコチラから
HOT TOPICS

HOT TOPICS

球界の気になる動きを週刊ベースボール編集部がピックアップ。

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング