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長谷川晶一 密着ドキュメント

第二十一回 「自分はウサギではない」新シーズンもカメの如く歩み始める石川雅規/43歳左腕の2023年【月イチ連載】

 

今年でプロ22年目を迎えたヤクルト石川雅規。43歳となるが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は183。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2023年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

「僕はウサギとカメのカメさんだから……」


1月22日で43歳となる石川。しかし、今年も年齢を感じさせないプレーを見せていく


 2023年が明けた。球界は3月から始まるWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の話題で持ちきりである。もちろん、石川雅規もまた、「ワクワクドキドキが止まらない」と、WBC開幕を楽しみにしている。

「うちのチームからも何人かは選ばれると思うので、全力で仲間たちを応援したいです。今回は、アメリカからダルビッシュ有選手、大谷翔平選手が顔を並べる可能性があるんですよね。それが実現したら、本当にすごいメンバーですよね。そこではどんな会話がなされるのかな? 代表投手の中にヤクルトの仲間が選ばれたらぜひ、どんなことを話していたのか聞いてみたいですね」

 自他ともに認める「野球好き」である石川の発言は、一般の野球ファンのように無邪気なものだった。この言葉だけ聞いていると、うっかり見過ごしてしまいがちだけれど、プロ21年間で石川が積み上げた勝利数は、ダルビッシュや大谷はもちろん、侍ジャパン投手陣の誰よりも多い。通算183勝という大記録をマークしているのは、他ならぬ石川自身なのだ。この点を石川に問うと、はにかんだような白い歯がこぼれた。

「確かに、通算の勝ち星で言えば、僕も183勝ですが、僕の場合はただ長い時間かけて記録したものですから(笑)。10年くらいでこれくらい勝っていたら、もっと自慢できるかもしれないですけど……」

 そして、石川はこんな言葉を口にした。

「……僕は、ウサギとカメのカメさんだから(笑)。若いときはウサギに憧れていたけど、やっぱり、周りの状況を見たり、今の自分自身のことを冷静に考えたりしたら、僕はカメさんだと思うし、一歩一歩力強く踏みしめていくカメさんがすごく好きですね」

 決して「カメ」とは呼ばずに、「カメさん」と呼ぶのも石川らしい。童話『ウサギとカメ』において、最後に勝利するのは、ウサギではなくカメだ。一歩一歩丁寧に進んでいくカメと、長い時間をかけて白星を積み重ねている石川の姿は確かに重なり合う。

「結果的にカメさんが勝ったけれど、カメ自身は“絶対にウサギに勝とう”という思いで歩んでいたわけじゃないと思うんです。自分のやるべきこと、やれることをやり続けた結果、ウサギに勝ったんだと思うんです。今、自分自身が長い間プレーしているから、そんな考えになったんだと思いますね。もしも、15年くらい前に、“ウサギとカメのどちらのタイプがいい?”って聞かれたら、“ウサギです”って答えていたと思います。でも、自分は自分でしかないし、自分はウサギではなかった。だったら、自分のペースで、自分の歩みで進んでいきたいですね」

 これが、2023年を迎えた石川雅規の「新年の抱負」だった――。

リフレッシュのためのハワイでも、やはり練習を


 この1月に43歳となる石川雅規にとっては、プロ22年目であり、「球界最年長選手」として迎える一年の始まりでもある。また、チームにとっては球団史上初となる「リーグ3連覇」をかけた勝負の一年のスタートでもある。新しい年、新しいシーズンを前にしても、大ベテランは落ち着いていた。

「気持ちのメリハリはすごく大切だと思うので、昨年12月のハワイ旅行は目いっぱい楽しもうと思っていました。21年の優勝時にはコロナで優勝旅行が行われなかったので、僕にとっては15年以来となる二度目のハワイでした。今回も家族4人で行ったけど、前回は小学生だった子どもたちも、今では高校生、中学生ですから、7年という月日は長いように感じるし、あっという間だったような気もしますね(笑)」

 ハワイ滞在中は、頭を空っぽにして気持ちをリフレッシュする時間に充てるつもりだった。しかし、「どうしても来年のことが頭の片隅から離れなかった」と石川は言う。

「ホテルにジムがあったので、結局5日のうち2日はジムで汗を流して、外を走りました。別に強制ではないけど、やっぱり身体を動かさないと気持ち悪いんです。ホテルのジムには他には石山(泰稚)もいましたね。頭ではリフレッシュするつもりでいても、やっぱり、1カ月後にはキャンプも始まるし、今年のオフもあっという間だった気がします」

 21年シーズンは東京オリンピックによる中断期間があったため、日本シリーズが終了したのは11月末だった。22年は1カ月ほど早いオフシーズンが訪れたものの、それでも「あっという間だった」と石川は言う。

「12月には出力を上げるために負荷の大きいトレーニングをして、1月には瞬発力を上げるアジリティ系トレーニングをして、ここまでは順調に来ています。あっという間に感じるということは、充実したトレーニングができているからだと思います」

 その言葉は、実に力強かった。

何処にも売っていないから……


 2月から始まるキャンプにおいて、やるべきこと、取り組むべき課題はすでに思い浮かべている。いくらキャリアを重ねても、いくら年齢を経ても、石川の向上心、好奇心は衰えるどころか、ますます盛んになっている。石川はしばしば冗談めかして言う。

「野球がうまくなる本、何処かに売っていないですかね?」

 この日のインタビューでも、この言葉が飛び出した。

「いくら探しても、何処にも売っていないんですよ(笑)。だから自分で探すしかないんですよね。実際いくら努力しても、9割9分は無駄というか、手に入らないです。でも、たとえ9割9分は無駄でも、残り1分の可能性もあるじゃないですか。例えばね……」

 石川の「例え」はいつもわかりやすい。続く言葉を待った。

「……例えば、山登りをしていて崖から滑り落ちたとします。でも、そのときに小指一本がたまたま引っかかって助かるかもしれない。あるいは、服の一部が小枝に引っかかって命を救われるかもしれない。わずかな可能性でも、それは決してゼロじゃない。何が助けとなるかはわからない。だったら、何でもやってみることは無意味じゃないと思いますね」

 いくら待ち望んでいても、野球がうまくなるための本もサプリも商品ラインアップには並ばない。ならば、たとえ9割9分が無駄になろうとも、残り1分のために努力することは厭わない。このスタンスがあればこそ、プロで21年間を戦い抜き、現役最年長選手としての22年目を迎えることができるのだ。

 ハワイで新聞記者からインタビューを受けた。このとき石川は「将来的にはメジャーリーグを目指したい」と口にした。初めて聞くことだったのであらためて問うと、石川は「話の流れでのリップサービスです」と笑いつつ続けた。

「でも、可能性は限りなくゼロに近いかもしれないけど、決してゼロじゃない。自分で自分の限界を作ることはしたくない。自分で限界を決めたら、それ以上は上には行けない。僕は決して強い人間じゃないから、無理やりそう考えている部分もあります。でも、自分が自分に期待しないでどうするんだ。そんな思いは常に持つようにしていますね」

 2023年が明けた。ハラハラドキドキする日々が、また始まる。石川は今年も「自分で自分に期待し」つつ、新たなシーズンをカメの如く歩み始めるのだ――。

(第二十二回に続く)

取材・文=長谷川晶一 写真=BBM

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