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長谷川晶一 密着ドキュメント

第二十五回 入団以来22年連続勝利投手 石川雅規が大記録となる勝利を挙げられた理由/43歳左腕の2023年【月イチ連載】

 

今年でプロ22年目を迎えたヤクルト石川雅規。43歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は183。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2023年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

そして、プロ入り22年連続勝利投手に!


5月10日の阪神戦でプロ野球タイ記録となる1年目から22年連続勝利をマークした石川


(よし、今日は調子がいいぞ……)

 1回裏、阪神タイガースの攻撃。二番打者の中野拓夢に投じたこの日の10球目、そして11球目。石川雅規のストレートは、左打者の外角低めに見事に決まった。中野は一度もバットを振ることなく、見逃し三振に倒れた。この瞬間、石川は確かな実感を覚えていた。

「中野選手のときに手応えを感じましたね。最後、狙ったところに真っ直ぐ2球を投げ込めました。このとき、“今日は真っ直ぐを軸にできるな”っていう感覚がありました。“こんな感じで投げたら、今日はここにいくんだな。ちょっといいかもしれないぞ”って手応えを感じていました」

 今シーズン、ここまで2試合に登板して0勝1敗、防御率は4.70となっていた。本人の感覚ではまだまだ本調子にはほど遠かったという。

「今季初登板、そして2戦目と、なかなか自分の思うような投げ方やボールじゃなかったです。この間は手探りが続いたし、“どうしようかな?”と悩んでいた部分もあったんです。でも、3戦目登板の2日ぐらい前に、“こんな感じでどうかな?”って試した投げ方がいい感じだったんです……」

 近くにいる者が見ても、どこをどう変えたのかわからないほどの小さな修正だった。それでも、石川には確かな光明が感じられたのだという。

「本当に細かい微調整ですから、誰が見てもわからないと思います。でも、自分にとってはかなり感覚が違いました。身体の収まりがいいというのか、身体がうまいこと回るというのか、上手に使えている感覚でした。“あとはこの感覚をきちんと試合で生かそう”と思いながらキャッチボール、ブルペンでの投球をして試合に臨みました」

 こうして臨んだ5月10日、甲子園球場で行われた対阪神戦のマウンド。そして、二人目の打者である中野を見逃し三振で仕留めた瞬間、「今日は調子がいいぞ……」という実感を得たのである。その実感は、確実に、そして着実に阪神打線を苦しめることになった。

反省は大切でも、今はそのときではない


 初回を三者凡退に切り抜けた石川は、2回も、四番・大山悠輔をショートゴロ、五番・佐藤輝明をサードフライ、そして六番・井上広大をショートゴロに抑え、この回も三者凡退で切り抜けた。

「今シーズン、まだ一つも勝っていないのでまだまだナーバスな部分も、手探りの部分もあったけど、球場も広いですし、“とにかく思い切って腕を振ろう、先頭打者だけは抑えよう”という思いでマウンドに立っていました」

 3回裏、七番・梅野隆太郎にヒットを打たれ、懸案事項である「先頭打者の出塁」を許してしまった。しかし、それでも石川は冷静だった。

「確かにセンター前にヒットは打たれましたけど、ゴロヒットだったので、“ちょっとずれていればショートゴロだったな”と思えました。こういうときに、“ああ、ヒットを打たれちゃった”って考えてもしょうがないので、この場面はすぐに切り替えられました」

 ここに石川の石川たるゆえんがある。過ぎてしまったことをいつまでも悔やむのではなく、目の前の現実に冷静に対処すべく、すぐに次なる最善策を考える。反省は大切ではあるけれど、今はそのときではない。今はただ、次の打者を抑えること、この回を無失点で切り抜けることだけを考えればいい。

 しかし、続く八番・木浪聖也にもレフト前ヒットを許し、無死一、二塁のピンチとなってしまった。続く打者は九番・西勇輝だ。当然、送りバントのケースである。こうして、石川が「この試合で一番大きかった」という場面が訪れる。

「相手がバントをしてくることはわかっているから、バントしづらいボールを投げ込むしかない。そんな思いでマウンドに立っていて、何とかツーストライクまで追い込むことができた。こうなると、“スリーバントでくるのか、それともバスターなのか?”と考えます。西投手は打撃がいいし、バットに当てることも上手なのでバスター警戒は強くなりました」

 この場面、石川は得意のシンカーを投げて西をショートゴロに打ち取った。ランナーは進むことができず、一死一、二塁となった。そして、続く近本、そして中野を見事に打ち取り、この回もまた無失点で切り抜けた。近本をショートフライに仕留めた110キロのシンカーは実に見事だった。

「緩いボールを投げるのは確かに勇気がいることかもしれないけど、僕はこれまで緩いボールで抑えるピッチングをずっとやってきていますからね。だから、特に度胸がいるというわけでもないんです(笑)」

 口調は静かだったけれど、プロ22年目の凄みを感じさせるプロならではの言葉だった。

「2023年版石川雅規」の手応えとともに


丁寧に低めにボールを集める石川らしいピッチングもさえ渡った


 結局この日の石川は、オスナのタイムリーヒットによる2点のリードを守ったまま、6回途中75球、一死二塁の場面でマウンドを後続に託した。試合はそのまま勝利し、入団以来22年連続勝利投手となった。石川の口調は明るい。

「いつもしんどい場面で中継ぎ、抑えの人に負担をかけているので、僕の後を投げた木澤(木澤尚文)には申し訳なかったです。ベンチに戻ってからは、“木澤、頼むぞ!”と声援を送っていて、彼が抑えてベンチに戻ったときには、“ありがとう、そしてゴメンね!”という思いでしたね(笑)」

 登板2日前につかんだという微妙な感覚を大切にして臨んだ今季3戦目は見事に勝利投手となった。この感覚は、今後の登板の礎となるのだろうか? 質問を投げかけると、石川は力強い口調で答えた。

「この日のピッチングによって、“今年の投げ方が、これでちょっとは見えてきたのかな?”という感覚はありますね。この感覚をもう少し続けていけば、今年の投げ方がパチッとハマるような気がしますね」

 身体は年々、いや日々刻々と変わっていく。自分の肉体と真摯に向き合い、常に「今の投げ方」を模索していく。それが、プロの世界で22年間も第一線で投げ続けることができた秘訣でもある。そして、ついに「今年の投げ方」が見つかりつつある。石川の口調が明るくなる。

「でも、本当によかったです。こうして、インタビューを受けていても、勝って話をするのと、なかなか勝てなくてしんどいときにお話をするのとでは、やっぱり全然違いますからね。本当に勝ってよかったですよ(笑)」

 安堵のため息をつきながら、石川は静かに笑った。暗闇の中にあっても、腐ることなく歩き続けていれば、いつかは小さな光が見えてくる。2023年、43歳の石川に、今ようやく光が射しこもうとしている――。

(第二十六回に続く)

取材・文=長谷川晶一 写真=BBM

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