大洋OBに聞く80年代・田代富雄「“優勝”と口では言っていたけれど、内心は『厳しいよな……』と感じながらプレーしていた」

  • 当時は広いとされた横浜スタジアムで軽々とオーバーフェンスする打撃からつけられたあだ名は「オバQ」。放物線を描いて飛ぶ打球が歓声を呼んだ。ホエールズ打線の中軸を担った和製大砲は、当時を「必死だった」と振り返る。 無我夢中で必死の時代  私のプロ入りは1973年。入団当時はこの世界でやっていけるか不安で仕方

新着 野球コラム

もっと見る

カテゴリ

  • トップ
  • ニュース&コラム
  • 大洋OBに聞く80年代・田代富雄「“優勝”と口では言っていたけれど、内心は『厳しいよな……』と感じながらプレーしていた」

©ベースボール・マガジン社
©NetDreamers