印象に残っているのは1995年の日本シリーズですね。右ヒザのじん帯を断裂して、その年のリーグ優勝の瞬間はベンチで見守っていた。すごく悔しい気持ちもあったので、何とか日本シリーズは試合に出たかった。仰木監督から行けるのか!と言われて迷わず「行けます!」と答えました。 結果的にヤクルトに1勝4敗で完敗だっ…