1981年の優勝以降、日本ハムは低迷期に突入する。80年代中盤から90年代前半はBクラスに沈むシーズンが多かった。そうした状況の中で好打の両打ち、堅守の二塁手としてチームを支えたのが選手会長も務めた白井一幸だった。 90年代はゲッツー崩しのスライディングも過激だった。白井の足やヒザのケガの多くがこのプレーによ…